みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。Jindyです。
「あの人、最近ちょっと儲かり始めてから、なんだか調子に乗ってるよね」
「昔はもっと現場の声を聞いていたのに、今は自分の意見ばかりで、周りはイエスマンばかり。まともな人ほど静かに離れていく」
ビジネスの現場にいると、こういう言葉を一度や二度ではなく、何度も耳にします。しかも厄介なのは、この手の話が単なる陰口や嫉妬では終わらないことです。実際、会社が伸びた直後、資金繰りに余裕が出た直後、あるいは周囲から「さすが社長です」と持ち上げられ始めた直後から、トップの判断の質がじわじわ落ちていくケースは珍しくありません。最初は小さな違和感です。会議で人の話を遮る。異論を出した人にだけ態度が冷たい。うまくいったことは全部自分の手柄に見え、失敗は市場環境や部下のせいに見える。だが、その小さな歪みが、やがて採用、投資、組織設計、資本配分、M&A、取引先対応といった重要論点に波及し、最後は企業価値そのものを削っていく。そんな転落のシナリオを、私たちは何度も見てきました。
ここで大事なのは、これを単純に「性格の問題」で終わらせないことです。もちろん人間性は重要です。けれど、研究が示しているのはもう少し怖い話です。成功や権力は、人の認知を歪めやすい。しかも本人にはその歪みが見えにくい。 権力を持つと、他者の視点を取りにくくなる傾向があり、主観的な「自分は見えている」という感覚が強まると、過信に基づく判断が増え、時には金銭的損失を伴う意思決定まで引き起こすことが示されています。これは「傲慢な人が悪い」で終わる話ではなく、成功そのものが認知バイアスを増幅させる装置になりうるということです。
私はこのテーマを、精神論ではなく、会計と内部統制の問題として見るべきだと思っています。なぜなら、トップの過信は、単なる性格のクセではなく、企業のP/L、B/S、C/Fに遅れて効いてくる“見えにくい損失”だからです。お世辞に囲まれ、反対意見を遠ざけ、成功体験に酔った経営者は、その場ではむしろ勢いがあるように見えます。数字も一時的にはついてくるかもしれない。けれどその裏で、現場の率直な情報が上がらなくなり、重要なリスクが隠れ、優秀な人材が静かに離脱し、過大投資や過大買収の芽が育っていく。会計でいえば、当期利益の見栄えの裏で、将来の減損・離職コスト・信頼毀損という“未認識負債”が積み上がるのです。
しかも厄介なのは、こうした悪化が最初は“良いこと”に見える点です。周囲が従順になる。会議が早く終わる。異論が減る。社長の決断が通りやすくなる。褒められることが増える。ですが、組織論の観点から見ると、それは統率の向上ではなく、沈黙の始まりかもしれません。従業員が問題を言わなくなるのは、問題がなくなったからではなく、「言っても無駄」「言うと損」という学習が進んだからです。組織的沈黙に関する研究は、まさにこの現象を捉えています。そして心理的安全性の研究は、チームが学習し、エラーを修正し、パフォーマンスを高めるためには、異論や懸念を出せる空気が不可欠だと示してきました。
この記事では、この「儲かると調子に乗る」という、あまりに人間臭く、しかし経営においてはあまりに危険な現象を、三つの角度から解剖します。
第一に、なぜ成功すると人は見えなくなるのか。これは心理学・組織行動論の領域です。
第二に、その歪みが会社の数字と価値をどう壊すのか。これは会計・ファイナンスの領域です。
第三に、ではどうすれば裸の王様化を防げるのか。ここは内部統制と経営設計の話です。
言い換えれば、この記事は「傲慢な人を叩く文章」ではありません。むしろ逆です。自分もそうなりうる前提で、どう予防するかを考える文章です。経営者は、成功した瞬間から、マーケットだけでなく、自分自身の認知とも戦わなければならない。成長局面で本当に怖いのは、競合ではなく、社長の脳内に発生する“万能感”かもしれない。そんな話を、論文と実務をつないで、できるだけワクワクする形で掘っていきます。
成功はゴールではありません。
それは、より大きな責任を背負うための“信用の前借り”です。
そして、その前借りを食い潰す最大の敵が、ハブリス――つまり、「もう自分は間違えない」と思い始めることなのです。
目次
ハブリスとは何か – 成功した経営者の計器は、なぜ少しずつ狂っていくのか

まず最初に、「調子に乗る」という、日常語としては便利だけれど曖昧な言葉を、少しだけ精密にしましょう。研究の文脈で近いのは、overconfidence(過信)、hubris(ハブリス、傲慢)、そして権力によって生じるperspective taking の低下です。ここで大事なのは、ハブリスを単なる「イヤな性格」として扱わないことです。ハブリスは、地位、称賛、成功体験、反対意見の欠如が重なることで強まりやすい、認知と行動の歪みの束として理解したほうが実務上は役に立ちます。OwenとDavidsonは、強い権力を持った政治リーダーの振る舞いを分析し、過度の自信、現実から遊離した自己評価、批判への不寛容などを「hubris syndrome」として論じました。もちろんこれは政治指導者を題材にした概念化であり、全経営者にそのまま診断をつけるような話ではありません。ですが、権力と成功が、人を“別人化”させうるという直観には、一定の学術的裏づけがあります。
この話を私は、よく「飛行機の計器」にたとえます。飛行機そのものが優秀でも、速度計や高度計が少しずつ狂えば、パイロットは自信満々のまま危険な方向へ進みます。経営も同じです。成功とは、経営者にとって非常に強い報酬です。売上が伸びる。利益が出る。メディアに取り上げられる。周囲が褒める。銀行の態度が変わる。取引先が低姿勢になる。SNSでも称賛が集まる。こうした出来事は、単に気分を良くするだけではありません。「自分は正しい」という仮説を強化し続ける環境をつくります。そしてその環境に長くいるほど、人は反証を見なくなる。
実際、Galinskyらの研究では、権力を想起させられた参加者は、他人の視点を自発的に取りにくくなる傾向を示しました。有名な“額にEを書く”課題では、高権力条件の人ほど、自分から見て正しい向きにEを書きやすく、相手からどう見えるかを採用しにくかったのです。これは細かいテストのように見えて、経営実務に置き換えると恐ろしい意味を持ちます。なぜなら、トップが他者視点を失うと、顧客、部下、取引先、投資家、それぞれが何を見ているかを読み損ねるからです。「自分はちゃんと説明している」「自分は正しい判断をしている」と本人は思っていても、実は相手の画面にはまったく別の景色が映っている。これが、成功した経営者が“会話できなくなる”一因です。
さらにFastらの研究は、権力が主観的な有能感やコントロール感を高め、それが過信的な意思決定につながることを示しました。しかもその過信は、単なる気分の問題ではなく、金銭的損失を伴う判断に表れうる。これは重要です。なぜなら経営者の過信は、会議の雰囲気を悪くするだけではなく、資本配分を誤らせるからです。「自分ならこの市場でも勝てる」「自分ならこの会社を買収しても統合できる」「自分の勘のほうが現場の慎重論より正しい」――こうした判断の背景に、権力によって増幅された過信があるなら、それは性格論ではなく、損失発生装置としての心理メカニズムです。
ここで誤解してはいけないのは、自信と過信は違うということです。経営者に自信は必要です。誰かが腹を括らないと、会社は前に進まない。だが、自信は本来、「自分は外すこともあるが、修正する力がある」という感覚に近い。過信は、「自分はそもそも外さない」に変わる。前者は健全なリスクテイクを生みますが、後者は修正不能な暴走を生みます。研究が危険視しているのは後者です。そしてその後者は、皮肉にも、うまくいっているときほど強くなる。失敗しているときの人間は意外と慎重です。人を壊すのは敗北より、むしろ連勝なのかもしれません。
では、なぜ連勝は人をここまで歪めるのか。理由の一つは、成功が因果の誤認を生むからです。うまくいった理由は本当は複合的です。市場環境、タイミング、組織、顧客、競争状況、偶然、部下の貢献、過去の積み上げ。ところが成功の中心にいる本人は、それらを「自分の能力」に圧縮して解釈しやすい。いわゆる自己奉仕バイアスに近い動きです。良い結果は自分の手柄、悪い結果は外部要因。こうなると、成功体験は学びの材料ではなく、自己神話の燃料になります。これは特定の経営者だけが悪いのではなく、人間一般に起こりやすい認知のクセです。だからこそ、成功者ほど危ない。凡人より優秀だから安全なのではなく、優秀で結果も出ているからこそ、歪みが修正されにくいのです。
私はこれを、「成功は認知の粉飾を起こす」と考えています。まだ不正会計ではありません。数字は合っている。でも解釈が歪む。「うまくいった=自分が特別に正しい」という注記が、頭の中だけに勝手に付く。この注記が増えた人から、会議で反対意見に苛立ち始めます。なぜなら異論は情報ではなく、自分の神話を傷つけるノイズに見えるからです。ここまで来ると、ハブリスはもう気分ではなく、意思決定インフラの障害です。
つまり、「儲かると調子に乗る」は単なる悪口ではありません。
より正確に言えば、成功・権力・称賛・反証不足が重なると、人は他者視点を失い、過信を深め、自己神話に飲み込まれやすい。
このメカニズムが、私たちが日常語で「調子に乗る」と呼んでいる現象の、かなり大きな部分を説明しているのです。
お世辞はなぜ危険なのか – P/Lでは見えず、B/Sを静かに腐らせる「取り入り」のコスト

次に見たいのは、経営者本人の内面ではなく、その周囲に何が起きるかです。成功者が変わるのと同じくらい、いや時にはそれ以上に重要なのが、周囲の人たちの行動変化です。会社が伸び、社長の発言力が高まり、資金も評判も集まり始めると、周囲は二つのグループに分かれます。
一つは、率直さを保とうとする人。
もう一つは、空気を読み、褒め、合わせ、取り入ろうとする人。
問題は、後者のほうが短期的に“報われやすい”ことです。
組織行動論では、こうした行動をingratiation(取り入り、ご機嫌取り)として研究してきました。Park、Westphal、Sternらの研究は、企業の上位層に対するflattery(お世辞)やopinion conformity(意見同調)が、CEOの自己評価や戦略判断に悪影響を与えうることを示しています。特に、地位の高いCEOほど取り入りの対象になりやすく、そうした行動に多くさらされると、CEOは自らの戦略判断能力やリーダーシップ能力に対して過信を深め、必要な戦略転換が遅れやすくなる。つまり、お世辞は単なる気持ちいいノイズではなく、資本配分を歪める情報汚染なのです。
この話を会計でたとえると、かなり分かりやすくなります。
お世辞は、一見すると資産に見えます。社長の機嫌が良くなり、社内の摩擦が減り、会議も円滑に進む。まるで流動資産が増えたように見える。ですが実態は逆で、将来の判断ミスを増やす“劣化した情報資産”です。情報の質が落ちると、経営は必ず遅れて傷みます。P/Lでいえば、今期の費用にはまだ出てこない。B/Sでいえば、のれんや人的資本の質が静かに劣化していく。C/Fでいえば、後から無駄な投資や撤退コストとして噴き出す。つまり、お世辞は即時費用化されないぶん、経営者にとって非常に危険なのです。
さらに最近の研究は、この構図にもう一つの皮肉を加えています。Rogersらの研究では、お世辞に乗って便宜を与えるリーダーは、周囲から「フラatteryに騙されたナイーブな人」と見なされやすく、そのリーダー個人だけでなく、組織そのものの評価まで傷つけることが示されました。つまり問題は、取り巻きがいること自体だけではありません。それを見抜けず、報いてしまうリーダーの姿が、残りの健全なメンバーの信頼を削るのです。これは経営的にはかなり重い。なぜなら、組織の信頼は「社長が何を言ったか」だけではなく、「誰を評価しているか」で形成されるからです。お世辞を言う人が得をする組織では、誠実にリスクを指摘する人ほど、学習的に黙るか、去るかの二択になります。
ここで、投稿にあった「チヤホヤしてくれる人は、おこぼれを貰いたいだけ」という表現を、少しニュートラルに言い換えてみましょう。研究的に言えば、成功者の周囲には、純粋な敬意・関係維持・保身・便宜獲得といった複数の動機が混在しやすい、が正確です。全員が打算だけとは言えません。けれど、権力差が大きい場面では、上方向への印象操作が増えやすいのは確かです。つまりこの投稿の直観は、荒っぽいけれど、本質をかなり突いている。「褒めてくれる人がいる」こと自体は問題ではない。“褒められる構造”に依存し始めたときが危ないのです。
そして本当に怖いのは、そのとき会社のB/Sで何が起きるかです。
多くの会社にとって、最大の資産は機械でも在庫でもなく、人的資本です。特に成長企業では、「異論を言える優秀な人」「リーダーの暴走を止められる人」「現場の違和感を言語化できる人」は、帳簿には載らない超重要資産です。ところが、お世辞が報われ、異論が嫌われる組織では、真っ先に傷むのがこの資産です。能力の低い人から辞めるわけではありません。むしろ逆で、外でも通用する人ほど、「この船は危ない」と早く察知して出ていく。残るのは、忠誠ではなく依存で結びついたメンバーになりやすい。これは会計上はすぐに見えませんが、実態としては優良資産の流出と、不良資産の滞留です。
組織的沈黙の研究は、この悪循環をよく説明しています。MorrisonとMillikenは、組織内で広範に情報が上に上がらなくなる現象を「organizational silence」と呼びました。重要なのは、人々が何も考えていないから沈黙するのではなく、「言うのは危険だ」「言っても意味がない」という共有認識ができることで、沈黙が構造化される点です。その後のMorrisonのレビューでも、従業員が懸念や問題を上司に伝えるかどうかは、リーダーの受容性や、報復への恐れ、チームの空気に強く左右されることが整理されています。つまり、まともな人が離れていく前に、まず起きるのは「声が消える」ことです。退職は沈黙の後に来る。経営者が最初に見るべきシグナルは離職率ではなく、異論の蒸発なのかもしれません。
ファイナンスの文脈でも、この構造は重い意味を持ちます。
なぜなら、反対意見が消えた組織では、リスク調整後の意思決定ができなくなるからです。社長の一声で新規事業に突っ込む。撤退すべき案件を引っ張る。買収価格を吊り上げる。採算より見栄で投資を決める。こういう意思決定は、その瞬間には“大胆な経営”に見えることがあります。ですが、後から振り返ると、単なる検証不足だったというケースが多い。Rollの「The Hubris Hypothesis of Corporate Takeovers」は、買収における高値掴みの背後に、経営者の過信や過大評価がある可能性を示した古典です。のちの研究でも、CEOの過信や支配力と、過大な買収や株主価値毀損との関係が繰り返し論じられてきました。言い換えれば、ハブリスは“強気”ではなく、“バリュエーションを壊す認知バグ”です。
要するに、お世辞は耳に優しいが、会社には高くつく。
P/Lではすぐ見えない。
B/Sでは人的資本とのれんを傷める。
C/Fでは後から過大投資や撤退損として表面化する。
だから本当に怖いのは、怒鳴るワンマン社長ではなく、笑顔で褒められながら、静かに情報品質を失っていく経営者なのです。
どうすれば裸の王様を防げるのか – 精神論ではなく、内部統制としての「謙虚さの設計」

ここまで読むと、「じゃあ成功しないほうが安全なのか」と思うかもしれません。けれどもちろん、そうではありません。企業は成長しなければいけないし、リーダーには決断も必要です。問題は成功そのものではなく、成功をどう管理するかです。
私は、謙虚さを性格として語るのではなく、統制として設計するべきものだと考えています。
会計の世界では、不正を「人の良心」に丸投げしません。職務分掌、承認フロー、監査、証憑、レビュー、アクセス制限。人はミスも不正もする前提で、仕組みをつくる。ならばハブリスも同じです。人は成功すると見えなくなる前提で、見えなくなったときの補助線を埋め込むべきです。精神論で「謙虚でいよう」と唱えるのは悪くない。でも、連勝中の人間にとって、その誓いはしばしば月次決算前の理想論に終わります。必要なのは、調子に乗ったときでも作動する制度です。
第一に必要なのは、構造的に反対意見を入れる仕組みです。
ここで重要なのは、「自由に意見を言ってください」では足りないということ。人は空気を読みます。トップが強い場ではなおさらです。だから、重要な意思決定については、あえて反対仮説をつくる役を明示的に置くべきです。いわば“悪魔の代弁者”です。新規投資なら、「この投資が失敗するとしたら何が理由か」を担当者ではなく別ラインが論じる。M&Aなら、「なぜこの統合は想定どおりに進まないか」を最初からテーブルに乗せる。社長提案であっても例外にしない。これは意思決定を遅くするためではありません。過信で飛ばしすぎる企業に、ブレーキを実装するためです。権力が視点取得を弱めやすいなら、視点は性格ではなく、会議体で補うしかない。
第二に必要なのは、心理的安全性を“文化”ではなく“運用”で作ることです。
Edmondsonの研究で定義された心理的安全性は、「人間関係のリスクを取っても大丈夫だ」という共有認識です。ここでいうリスクとは、分からないと言う、失敗を認める、懸念を伝える、異論を出す、助けを求める、といった行為です。つまり、経営者にとって耳の痛い話が上がってくる土台そのものです。重要なのは、心理的安全性は“優しい雰囲気”ではないこと。むしろ逆で、本当の問題がちゃんと表に出る厳しい職場を可能にする条件です。だから経営者がやるべきなのは、単に笑顔でいることではありません。不都合な報告を受けたときに、最初の反応で相手を萎縮させないこと。報告の内容と、報告した行為を分けて扱うこと。批判に反射的に反撃しないこと。言い換えれば、耳の痛い情報を持ってきた人を処罰しないだけでなく、価値ある行動として扱うことです。
第三に必要なのは、“自分の状態”を数値で観察することです。
これが意外と効きます。人は抽象論では変わりませんが、計測されると変わります。たとえば、会議で自分が話している時間比率。重要会議で最後に話すのが自分になっているかどうか。反対意見が出た回数。不都合な報告が月に何件上がっているか。退職面談で「上が話を聞かない」という趣旨のコメントが何件あったか。案件レビューで、社長案件だけ例外承認率が高くなっていないか。こうした指標は、直接「謙虚さ」を測るわけではありません。ですが、ハブリスが組織に与える歪みの痕跡を測ることはできます。
私は、経営者のセルフモニタリングにおいて、次の四つは特に有効だと思っています。
一つ目は、異論率。重要会議で、自分に対する明確な異論や修正提案がどの程度出ているか。
二つ目は、撤退率。自分が強く推した案件を、ちゃんと撤退・修正できているか。
三つ目は、一人称比率。成功を語るときに「私」が多すぎないか。
四つ目は、外部フィードバック接触頻度。利害関係の薄い第三者から、定期的に耳の痛いレビューを受けているか。
これはメンタルの話ではなく、内部統制です。売上だけ見ていると会社が壊れるのと同じで、社長の自己評価だけ見ていると組織は壊れます。
第四に、これは会計実務をやっている人ほど腹落ちすると思うのですが、トップの判断を“単発の正解”ではなく“誤差を含んだ仮説”として扱う文化が必要です。
月次決算だって初稿で完璧にはなりません。レビューで直す。見積りも翌期に洗い替える。ならば経営判断だけ、「社長が言ったから正解」になるのはおかしい。投資判断も採用判断も組織変更も、本来は仮説です。仮説なら、前提、KPI、撤退条件、再評価時点が必要です。ところがハブリスに陥ると、判断が仮説ではなく“啓示”になります。ここが危険です。だから重要案件ほど、事後レビューの制度化が効く。あのとき何を前提に判断したか。その前提は当たったか。外れたなら、なぜ外れたか。社長案件も例外にしない。これだけで、万能感の増殖はかなり抑えられます。
最後に、社長が持つべき最強の資産は何か。私はそれを、「自分は狂う可能性がある」と知っていることだと思います。
自分は絶対に傲慢にならない、と思っている人ほど危ない。
自分はきっとどこかで見えなくなる、だからその前提で仕組みを置いておこう、という人のほうが強い。
会計でいえば、引当金の発想です。将来の損失可能性をゼロだと思わないから、先に備える。ハブリスにも同じ発想が必要です。傲慢引当金です。
成功したら危ない。褒められたら危ない。異論が減ったらもっと危ない。
そう考えて設計された会社は、短期的には少し面倒でも、長期では圧倒的に強い。なぜなら、その会社には「トップの脳のバグ」に対する耐性があるからです。
結論 成功は資産ではあるが、同時に負債でもある – その利払いが「謙虚さ」だ
ここまで長く読んでくださって、本当にありがとうございます。
この記事で一番伝えたかったことを、最後に一言でまとめるなら、こうです。
成功は、資産であると同時に、負債でもある。
もちろん、成功は素晴らしいことです。儲かることは悪ではない。利益は、誰かに価値を提供した結果ですし、企業にとって利益は酸素です。儲からなければ雇用も守れないし、投資もできないし、社会への還元もできない。だから、儲けること自体を後ろめたく思う必要はまったくありません。
けれど、成功には副作用があります。
儲かると、人は周囲から褒められます。
褒められると、自分の見立てに自信を持ちます。
自信はやがて、修正不能な確信に変わる。
異論は減り、情報の質は落ち、組織は静かになり、優秀な人から心を閉ざす。
そして経営者本人だけが、「最近うちの会社はまとまりが良くなった」と勘違いする。
この流れは、残念ながら珍しいものではありません。権力と過信、取り入りと沈黙、心理的安全性の喪失――それぞれは別々の研究テーマですが、実務の現場では見事につながります。
だから私は、成功を“祝福”としてだけでなく、信用の前借りとして見るべきだと思っています。
今あなたが持っている売上、利益、評判、権力。
それは全部、顧客、社員、取引先、金融機関、株主、市場が「この人なら、まだ価値を生み出してくれる」と信じて差し出してくれているものです。
会計の言葉で言えば、それは純資産のように見えて、裏側では大きな期待負債を伴っている。
この負債は、返済を怠ると一気に信用不安へ転じます。
では、その返済原資は何か。
私はそれを、謙虚さだと思います。
ここでいう謙虚さは、弱気とは違います。自分を小さく見せることでもありません。
謙虚さとは、自分の見立ては外れることがある、だから修正可能な状態を保つという態度です。
批判を歓迎する。
異論を制度化する。
お世辞を快感として受け取る前に、情報価値を疑う。
声が上がらなくなったときに、「うまく回っている」と喜ばず、「何が黙らせているのか」と問い直す。
社長の役目は、常に正しいことではない。間違えたときに、会社が致命傷を負わない設計をすることです。
私は会計に携わっているからこそ、つくづく思います。
企業が壊れるとき、最初に壊れるのは数字ではありません。
先に壊れるのは、現実を見る力です。
数字の悪化はその後に来る。
つまり、ハブリスとは損益計算書に出る前の段階で始まる、認知の減損なのです。
もしこの記事を読んで、「自分にも少しあるかもしれない」と感じたなら、それはむしろ良い兆候です。まだセンサーは生きている。まだ修正できる。むしろ危険なのは、「自分は大丈夫」と一切思考停止することです。成功者に必要なのは、完璧さではありません。自分の歪みに気づく回路です。
そして、その回路は、放っておくと弱ります。だから仕組みで守る。
それが、ハブリス時代の経営です。
最後に、明日からすぐできることを一つだけ。
次の会議で、あるいは次に幹部と話す場で、こう聞いてみてください。
「最近の私の判断で、違和感があったものを一つ教えてください」
この一言に、かなり多くのものが詰まっています。
あなたが本当に聞く気があるのか。
周囲が本当に言える空気なのか。
会社に心理的安全性が残っているのか。
そしてあなたが、成功を“神話”ではなく“仮説”として扱えているのか。
成功はゴールではありません。
それは、より大きな責任を引き受けるための入場券です。
その入場券を紙切れにしないために必要なのは、派手な才能より、実は地味な統制です。
謙虚さは美徳というより、長く勝つための会計処理なのです。
参考書籍
1.『リーダーは偉くない。』立花陽三
「社長だから正しい」の逆をいく一冊です。リーダーを“上に立つ人”ではなく、“チームに助けてもらう人”として描いていて、調子に乗る経営者がなぜ危ういのかを、理屈よりも実感として掴ませてくれます。強いリーダー論に少し疲れた読者ほど、読み終わったあとに視界が変わるタイプの本です。
2.『なぜ悪人が上に立つのか 人間社会の不都合な権力構造』ブライアン・クラース
「なぜ自信過剰な人が上に行きやすいのか」「なぜ権力は人を変えて見えるのか」という、まさに今回のブログのど真ん中を刺す本です。進化論・心理学・政治学の視点から、権力と腐敗の構造をかなり広く見せてくれるので、ブログ本文で触れた“ハブリスの罠”を、より大きなスケールで理解したい読者に刺さります。
3.『組織行動論の考え方・使い方〔第2版〕』服部泰宏
「お世辞」「沈黙」「イエスマン化」「まともな人ほど離れていく」といった現象を、感覚論ではなく組織のメカニズムとして捉えたい人に向く一冊です。少し骨太ですが、その分だけ“人と組織の歪み”を雑に語らずに済むようになります。今回のテーマを、SNS的な共感から一歩進めて、経営学の地図で見たい読者にはかなり相性がいいです。
4.『「自信がない」という価値』トマス・チャモロ=プリミュージク
タイトルだけ見ると自己啓発本に見えますが、中身はかなり鋭いです。「自信がある人が優秀なのではなく、自信過剰な人が過大評価されやすい」という論点がわかりやすく整理されていて、今回のブログの「儲かると調子に乗る」問題を裏側から補強してくれます。読者にとっては、“派手な自信”に飲まれないための知的ワクチンになるはずです。
5.『恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』エイミー・C・エドモンドソン
「まともな人が離れていく」の前に、組織では何が起きているのか。答えは多くの場合、“離職”より先に“沈黙”が起きていることです。この本は、その沈黙を防ぐためのキーワードである「心理的安全性」を、本質から理解させてくれます。今回のブログを読んで、「では具体的にどういう組織なら壊れにくいのか」と知りたくなった読者の、次の一冊として非常に強いです。
それでは、またっ!!
引用論文・参考文献
- Galinsky, A. D., Magee, J. C., Inesi, M. E., & Gruenfeld, D. H. (2006). Power and Perspectives Not Taken. Psychological Science, 17(12), 1068–1074. 権力感が他者視点取得を低下させることを示した代表的研究。
- Fast, N. J., Sivanathan, N., Mayer, N. D., & Galinsky, A. D. (2012). Power and Overconfident Decision-Making. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 117(2), 249–260. 権力経験が過信を強め、金銭的損失を伴う判断につながりうることを示した研究。
- Owen, D., & Davidson, J. (2009). Hubris syndrome: an acquired personality disorder? A study of US Presidents and UK Prime Ministers over the last 100 years. Brain, 132(5), 1396–1406. 権力獲得後の過信・現実遊離・批判軽視などを「ハブリス症候群」として論じた論文。
- Park, S. H., Westphal, J. D., & Stern, I. (2011). Set Up for a Fall: The Insidious Effects of Flattery and Opinion Conformity toward Corporate Leaders. Academy of Management Journal. CEOがフラatteryや意見同調にさらされることの悪影響を扱った研究。
- Rogers, B. A., Sezer, O., & Klein, N. (2023). Too Naïve to Lead: When Leaders Fall for Flattery. Journal of Personality and Social Psychology. お世辞に乗るリーダーがナイーブだと見なされ、本人・組織の評価を損なうことを示した研究。
- Morrison, E. W., & Milliken, F. J. (2000). Organizational Silence: A Barrier to Change and Development in a Pluralistic World. Academy of Management Review, 25(4), 706–725. 組織的沈黙の古典的論文。従業員が問題を言わなくなる構造を説明。
- Morrison, E. W. (2014). Employee Voice and Silence. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1, 173–197. 従業員の発言・沈黙の先行要因と帰結を整理したレビュー。
- Morrison, E. W. (2023). Employee Voice and Silence: Taking Stock a Decade Later. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 10, 79–107. 発言・沈黙研究のこの10年の進展を整理したレビュー。
- Edmondson, A. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. 心理的安全性の代表的研究。チーム学習とパフォーマンスとの関係を示した。
- Roll, R. (1986). The Hubris Hypothesis of Corporate Takeovers. Journal of Business, 59(2), 197–216. M&Aにおける高値買収の背景に経営者のハブリスがある可能性を論じた古典。
- Brown, R., & Sarma, N. (2007). CEO overconfidence, CEO dominance and corporate acquisitions. Journal of Economics and Business, 59(5), 358–379. CEOの過信や支配性と買収行動の関係を論じた研究。
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