みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。Jindyです。
「運が悪い? それは知恵がないだけだよ」
こういう言葉、SNSでは妙に強く見えます。短い。断定的。しかも、一瞬だけ筋が通っているように見える。だから厄介です。
たしかに、同じ逆風にさらされても、立て直せる人と沈んでいく人がいます。嫌な出来事を、ただの災難で終わらせる人もいれば、次の打ち手に変える人もいる。そういう意味では、「物事の見方」や「状況を使う力」が、人生の損益を大きく左右するのは事実です。心理学でも、出来事そのものより、その出来事をどう評価し直すかが、ストレス反応や抑うつ傾向に影響することが繰り返し示されています。認知的再評価は、特に高ストレス環境で保護因子になりうると報告されています。
でも、ここで話を終えると危険です。
なぜなら、「運が悪いのは知恵がないから」という言葉は、半分は行動哲学で、半分は雑な暴論だからです。景気後退、法改正、上司ガチャ、採用ミス、家庭事情、病気、偶然の事故、時代の波。こうしたものまで全部「知恵の差」に還元してしまうと、現実の複雑さを乱暴に踏み潰すことになります。研究でも、内的統制感、つまり「自分の行動が結果に影響する」と感じる感覚は一定の保護効果を持つ一方で、社会経済的な制約が強すぎる場面では、その効果には限界があると示されています。
ここを間違えると、二つの事故が起きます。
一つ目は、失敗した人が必要以上に自分を責めることです。
二つ目は、たまたまうまくいった人が、運を実力と誤認して傲慢になることです。
どちらも、長期では危ない。
経理でも投資でもそうですが、単年の利益だけ見て優秀だと判断するのは危険です。たまたま追い風が吹いたのかもしれないし、見えない負債を積み上げているだけかもしれない。逆に、いま損失計上していても、それが将来の大事故を防ぐための必要経費である場合もある。人生も同じです。短期の結果だけを見て、「運がいい」「運が悪い」「知恵がある」「知恵がない」と断定するのは、あまりにもPL脳すぎる。見るべきは、もっと長い時間軸でのB/Sです。
私はこのテーマを、精神論としてではなく、会計処理の問題として捉えたいと思っています。
つまり、
- どこまでが自分の責任か
- どこからが外部要因か
- 何を費用計上すべきか
- 何を資産として残すべきか
- 何を減損し、何を再評価するべきか
これを曖昧な気分論ではなく、仕訳可能なレベルまで落とすのです。
本記事では、心理学の研究を土台にしながら、あえて「投資・会計・実務」の言葉で、“不運”の正体を分解していきます。ゴールは、あなたをただ慰めることではありません。むしろ逆です。慰めではなく、再現性のある立て直し方を手渡すことが目的です。
この記事を最後まで読むと、次の三つが手に入ります。
第一に、悲観と運を「気分」ではなく「構造」で見る視点です。
第二に、失敗をすべて自責にしないための、感情の仕訳技術です。
第三に、空虚なポジティブ思考ではなく、現実的な楽観をつくる実装手順です。
大事なのは、「悲観するな」と自分に命令することではありません。
大事なのは、悲観してもいいが、悲観を会計処理できる状態に持っていくことです。
では、ここから本題に入ります。
目次
悲観は悪ではない。問題は“行動不能になる悲観”だ – 学習性無力感と認知的再評価のあいだで

まず整理したいのは、「悲観すること」自体を悪とみなすべきではない、という点です。
世の中には、「ネガティブは弱さだ」「前向きでいれば道は開ける」という文脈が溢れています。もちろん、前向きさが役立つ場面はあります。ですが、研究の世界では、そんな雑な二分法では捉えません。見ているのは、悲観したかどうかではなく、悲観がその後の認知と行動にどう影響したかです。
ここで避けて通れないのが、学習性無力感です。古典的な概念ですが、いまも重要です。Maier と Seligman らの整理では、コントロールできない嫌悪的な出来事にさらされ続けると、人は「何をしても変わらない」と学習しやすくなり、その後、実際には打開可能な状況でも行動が抑制されることがあります。重要なのは、これを単なる根性不足や知恵不足として片づけないことです。これは、環境と脳の相互作用によって起こる反応として理解されています。
この知見は、経理や管理部門の現場に妙に刺さります。
たとえば、何度改善提案を出しても握りつぶされる。
締め日直前にいつもイレギュラーが飛んでくる。
原因が自分にないのに、最終的な尻ぬぐいだけは自分の役割になる。
ルールはあるのに守られず、守った側だけが疲弊する。
こういう環境に長くいると、人は「改善提案を出しても無駄」「どうせまた崩れる」「先回りしても報われない」と学習します。ここで起きているのは、怠慢ではありません。努力と結果の連動が切れたことによる、行動回路の摩耗です。
だから、「悲観するのは自分の限界点の告白だ」と一刀両断するのは正確ではありません。
もっと正確に言うなら、悲観は、ときに壊れた環境に対する正常なアラームです。
この視点はすごく大事です。
会計でいえば、赤字それ自体は罪ではありません。赤字は、どこかの前提が崩れているというシグナルです。怖いのは赤字ではなく、赤字を無視することです。同じように、悲観もシグナルです。怖いのは、悲観が出たことではなく、それを「自分の人格の欠陥」と誤読してしまうことです。
一方で、悲観をただ肯定すればいいわけでもありません。
ここで必要になるのが、認知的再評価です。
Troy らの研究では、認知的再評価能力が高い人ほど、高ストレス状況で抑うつ症状が出にくいことが示されました。ざっくり言えば、「起きた出来事の意味づけを柔軟に更新できる人」は、ストレスの打撃をそのまま受けにくいのです。
ここで大事なのは、再評価は“現実逃避”ではないということです。
たとえば、入金遅延が起きたとします。
悲観に飲まれる人は、「もう終わりだ」「自分の管理が甘かった」と全損処理します。
雑なポジティブの人は、「これはきっと良いことの前触れ」と意味のない神話化を始めます。
再評価ができる人は、「資金繰りにストレスがかかったのは事実。ただし、これは売掛回収フローの脆弱性が表面化したということ。今、回収条件・督促フロー・与信の見直しをすれば、将来の大事故を減らせる」と考えます。
これが、会計でいうところの適正な評価替えです。
起きた損失をなかったことにするのではない。
損失の意味を、将来キャッシュフローの改善に接続し直すのです。
ただし、ここで注意が必要です。
認知的再評価は万能薬ではありません。文脈が大事です。関連研究でも、再評価やポジティブな評価スタイルの有効性は、状況依存的であることが議論されています。つまり、なんでも前向きに解釈すればよいわけではない。現実の制御可能性が低い場面では、認知の工夫だけで全部片づくわけではありません。
ここで最近よく使われる言葉に寄せるなら、「有毒なポジティブ」という問題があります。学術用語として一枚岩ではないものの、少なくとも研究的に近い論点としては、非現実的楽観への警戒があります。自分だけは悪い結果を免れる、自分なら例外的にうまくやれる、と過大評価する傾向は、リスク認識を歪め、必要な備えを怠らせうると整理されています。
つまり、
- 悲観しすぎると行動不能になる
- 楽観しすぎると現実認識が壊れる
- その間にある「現実的楽観」こそが実務で使える
ということです。
私はここを、古いオフィスビルの雨漏りで考えるのが好きです。
嵐が来て天井から雨漏りした。
悲観に飲まれた人は、「最悪だ、終わった」と立ち尽くす。
非現実的に楽観な人は、「大丈夫、そのうち止む」とパソコンを雨ざらしにする。
現実的楽観の人は、「嵐は止められない。でも、バケツを置く、機材を移す、修理を頼む、次回の点検を増やす」という順で動きます。
ここで彼がやっているのは、気合いではありません。
外部要因と内部改善余地の切り分けです。
結局、悲観の善し悪しは、それがあなたをどこへ連れていくかで決まります。
現実を直視するための悲観なら、有益です。
行動停止の言い訳になる悲観なら、有害です。
そして、その分かれ目をつくるのが、解釈の柔軟性です。
「悲観するな」ではなく、
「悲観をそのまま人格評価に結びつけるな」。
まずは、ここが第一のポイントです。
運と努力を混同すると、人は自分を過大評価するか、過小評価する – “不運”を会計で読むためのB/S思考

次に行きましょう。
「運が悪いのは知恵がないから」という言葉がなぜ危険か。
それは、結果を一つの原因に回収しすぎるからです。
人は、結果が出ると理由を一つにまとめたくなります。
成功したら「実力」。失敗したら「努力不足」。
この単純化は気持ちいい。でも、現実にはだいたい間違っています。
ファイナンスで考えればわかりやすい。
投資の世界では、リターンは銘柄分析力だけで決まりません。市場全体の地合い、金利、地政学、流動性、タイミング、偶発的なニュースなど、多くの要因が乗ります。いくら優れた銘柄選定をしていても、システム全体が崩れる局面では食らう。逆に、あまり深く考えずに買った資産が、追い風で勝手に上がることもある。
仕事も人生も同じです。
ここで使いたいのが、システム・リスクと個別リスクの発想です。
システム・リスクとは、市場全体、制度全体、環境全体から来る、個人では回避しきれないリスクです。
景気後退、会社の方針転換、部署再編、上司の交代、法改正、家庭の突発事象、病気、外部ショック。
こうしたものは、あなたの“知恵”だけで消せません。
個別リスクとは、自分の準備不足、確認漏れ、判断ミス、連携不足など、ある程度は改善できる領域です。
この二つを混ぜるから、人は苦しくなる。
心理学の文脈でも、「自分の行動で結果を変えられる」という感覚、すなわち内的統制感は重要です。内的統制感が高い人は、学業や就業移行、ウェルビーイングなどで有利な傾向があることが報告されています。ですが、その効果は無限ではありません。Ng-Knight と Schoon の研究でも、内部統制感は一定の補償効果を持つ一方、社会経済的逆風が強すぎると、それだけでは守りきれないことが示されています。
ここは本当に重要です。
自己責任論が危険なのは、人を甘やかすからではありません。
外部制約を見えなくするから危険なのです。
たとえば、構造的に人員が足りない部署で、ミスが連発しているとします。
そこで「知恵があれば防げた」「段取りが悪い」と個人責任だけを強調すると、短期的には締まった感じがします。でも本質は何も解決しません。実際には、業務量・人員配置・締切設定・承認経路・IT環境というシステムに欠陥があるかもしれない。そこを見ずに個人の知恵の問題に還元すると、組織は同じ事故を繰り返します。
これは会計でいえば、売上総利益が悪化しているのに、経費削減だけを延々とやっているようなものです。原価構造が壊れているのに、コピー代だけ減らしてもどうにもならない。問題の所在を誤ると、対策がすべて空振りします。
ここで、人生をB/Sで見る発想が効いてきます。
あなたのB/Sをざっくり書くなら、こんな感じです。
資産には、スキル、経験、健康、信用、人脈、習慣、集中力、自己効力感がある。
負債には、慢性的疲労、過剰な自責、未処理タスク、恐怖、睡眠不足、壊れた人間関係、将来不安がある。
純資産は、自尊心、自己信頼、人生のハンドルを握っている感覚です。
失敗が起きたとき、何でもかんでも「自分のせい」と処理すると、負債が膨らみます。
しかも現金流出のように目に見えないから厄介です。
静かに、しかし確実に純資産を削っていく。
これを私は、感情の誤仕訳だと思っています。
本来、外部環境由来の損失として処理すべきものまで、自分の人格や能力の減損として計上してしまう。
すると、心のB/Sはみるみる悪化します。
逆に、何でもかんでも環境のせいにするのも誤りです。
それはそれで、自分の改善可能な資産形成を止めてしまう。
だから必要なのは、「全部自分のせい」でも「全部運のせい」でもなく、按分です。
経理の人なら、この感覚は馴染むはずです。
共通費を雑に一括で投げると実態が見えなくなる。
きちんと配賦しないと、どこが儲かっていてどこが壊れているか分からない。
失敗も同じです。
たとえば、プロジェクトが炎上した。
この原因を、仮に以下のように分けてみる。
- 外部環境の変化:40%
- 意思決定者の遅延:20%
- 情報共有不足:20%
- 自分の確認不足:20%
もちろん厳密な数値ではありません。
でも、このラフな配賦だけでも、心への打撃はかなり変わります。
なぜなら、「100%自分が悪い」という幻想が崩れるからです。
研究的にも、成功や失敗の背後に luck を認めることは、結果をより現実的に理解するために重要です。運の要素を完全に消してしまうと、成功者バイアスや自己責任論が強まりやすい。逆に運だけに寄せすぎても、主体性が失われる。要は、結果は能力と環境の共同制作物だと理解することが大事なのです。
ここで、少し意地悪な言い方をします。
「運が悪いのは知恵がないから」と強く言う人ほど、
自分の成功に混ざっている追い風を過小評価していることがあります。
よい上司に恵まれた。
たまたま伸びる市場にいた。
景気のいい時代に独立した。
大きな失敗をする前に助けてくれる人がいた。
健康だった。家族が支えてくれた。
この“見えない追い風”を無視してしまうと、人は成功を全部自分の知恵だと錯覚します。
これは危ない。
投資でいえば、上昇相場で勝っただけなのに、自分が天才だと思い込む状態です。
その後の下落相場で、一気に吹き飛びます。
だから私は、こう言い換えたい。
成功したときほど、運を疑え。
失敗したときほど、構造を見ろ。
これが、心の純資産を守りながら成長するための、いちばん現実的な姿勢です。
運を呪うな。再現できる仕組みに変えろ – 現実的楽観をつくる、明日からの実務設計

さて、ここまでで理屈は出そろいました。
では、実際どうするのか。
結論から言えば、やるべきことはシンプルです。
気分を変えることではなく、処理手順を決めることです。
人は、苦しいときほど「考え方を変えなきゃ」と思います。
でも、実務では順番が逆です。
先に必要なのは、精神論ではなく手順書です。
経理実務でミスを減らすとき、「もっと気をつけよう」では済ませませんよね。
チェックポイントを増やす。承認経路を変える。締切を前倒す。ダブルチェックを入れる。例外処理を決める。
つまり、気合いではなく仕組みで守る。
逆境との付き合い方も、同じです。
ここでは、現実的楽観をつくるための三段階を提案します。
1. コントロール可能性を棚卸しする
最初にやるべきことは、今の悩みを「自分で動かせるもの」と「自分では動かせないもの」に分けることです。
これは本当に効きます。
なぜなら、不安の多くは、自分が動かせない対象に、自分の思考資源を浪費している状態だからです。
たとえば、こんなふうに分ける。
動かせないもの:
- 過去に起きたミス
- 上司の性格
- 他部署の文化
- 景気
- 他人の評価
- 今日の相場そのもの
動かせるもの:
- 次回の確認フロー
- 伝え方
- 相談相手の選び方
- 睡眠時間
- 作業順
- 記録の残し方
- 転職活動を始めるかどうか
この切り分けは、心理学でいう内的統制感の健全な使い方です。
何でも自分で変えられると思い込むのではなく、変えられる範囲だけに資源を集中投下する。
それが現実的です。
投資でいえば、金利や地政学は動かせない。
でも、ポジションサイズ、分散、損切りルール、キャッシュ比率は動かせる。
賢い投資家は、マーケットを支配しようとしません。
自分のリスク管理だけを徹底します。
人生も同じです。
2. 感情に“再評価テンプレート”をかける
次に必要なのは、感情が荒れた瞬間に使うテンプレートです。
認知的再評価は重要ですが、つらい場面でゼロから美しい意味づけを考えるのは無理です。
だからテンプレ化する。
おすすめは、この三問です。
Q1. この出来事のうち、自分が実際にコントロールできた部分は何%か?
100%と答えたくなったら、いったん疑ってください。たいてい盛っています。
Q2. この損失は、将来の大事故を防ぐための前払費用と見なせるか?
今日のミスが、半年後の致命傷を防ぐかもしれない。そうなら、これは授業料です。
Q3. 1年後の自分がこの件を振り返ったら、何を改善点としてメモするか?
ここで「自分はダメだ」以外の言葉が出てくれば、再評価は成功です。
これらは、感情を否定するための質問ではありません。
感情を、改善可能な言語に変換するための質問です。
Troy らの研究が示したポイントは、感情を無理に抑え込むことではなく、意味づけを更新できる柔軟性でした。つまり、「つらくないふり」をする必要はない。つらいままでいい。ただ、そのつらさをそのまま“人格の価値”に転記しないことが大事なのです。
3. “運がいい人”の正体は、試行回数を止めない人だと理解する
ここがいちばん大事かもしれません。
世の中で「運がいい」と呼ばれる人には、二種類います。
本当に偶然に恵まれた人。
そしてもう一つが、失敗しても市場から退場しない人です。
後者は、たしかに強い。
彼らは、毎回うまくいっているわけではありません。
むしろ、小さな失敗を大量に踏んでいます。
ただ、そのたびに全損しない。
感情的に退場しない。
再起不能になる前に、損失を限定している。
これは投資の複利と同じです。
複利で重要なのは、一発のホームランではなく、致命傷を避けて市場に残り続けることです。
レジリエンス研究でも、ポジティブな評価スタイルは、ストレスの悪影響を受けにくくする要因として位置づけられています。ただし、これは“能天気であれ”という意味ではなく、“破局化しすぎない評価スタイルを持て”という話です。
つまり、現実的楽観とは、
- 最悪を見ないことではない
- 最悪を見ても、全部終わりだと解釈しないこと
- そして、次の一手を残すこと
です。
これを実務に落とすなら、次のような設計になります。
ミスが起きたら、人格反省会を開かない。
代わりに、再発防止のフローを1個だけ直す。
理不尽な評価を受けたら、その場で自己否定しない。
代わりに、記録を残し、相談ルートを確認し、必要なら逃げ道を作る。
市場や組織の逆風に当たったら、気合いで突破しようとしない。
代わりに、体力消耗を抑え、キャッシュを守り、次の機会に備える。
これです。
派手ではない。
でも、強い。
私はよく、「運の良さとは、神秘ではなく、会計処理能力だ」と思います。
嫌な出来事が起きたとき、それを全部損失として抱え込む人は苦しい。
一部を環境要因として切り離し、残りを改善課題として計上し、次回の仕組みに転化できる人は強い。
この差は、気分の強さではなく、処理技術の差です。
だから、「運が悪いのは知恵がないから」という表現は、半分だけ正しくて、半分は危険です。
正しい部分は、状況を活用する技術の差がある、という点。
危険な部分は、外部要因や偶然の重みを消し、人を過剰に責めてしまう点です。
ここを見誤らなければ、あなたは自分を壊さずに強くなれます。
結論:あなたの人生で守るべきは、短期の勝敗ではなく“心の純資産”だ
ここまでの話を、一度きれいにまとめます。
まず、悲観はそれ自体が悪ではありません。
悲観は、壊れた前提や失われた統制感を知らせるシグナルです。
ただし、その悲観が「どうせ無理だ」という行動停止に変わると、不利になる。学習性無力感の知見は、その危険をよく示しています。
次に、逆境の意味づけを変える力はたしかに重要です。
認知的再評価や、破局化しすぎない評価スタイルは、ストレス環境で人を守る方向に働きます。レジリエンス研究の蓄積も、そこを支持しています。
しかし同時に、運や環境要因まで全部“知恵の差”に還元するのは不正確です。
現実には、構造的制約も偶然もあります。
内的統制感には価値がある。けれど万能ではない。非現実的楽観に流れれば、むしろ危険になる。
このバランス感覚が、たぶんいちばん大切です。
私は、人生や仕事を「運 vs 実力」の二択で語るのが嫌いです。
現実は、もっと混ざっています。
努力もある。能力もある。環境もある。偶然もある。支えてくれた人もいる。タイミングもある。
だから、本当に必要なのは、勝ち負けの一言要約ではなく、適正な仕訳です。
ここで、この記事の核心を一つの文にするとこうなります。
成功したときは、実力だけでなく追い風を思い出せ。
失敗したときは、自分だけを犯人にせず、構造を点検せよ。
この姿勢は、甘えではありません。
むしろ、長く戦うための冷静さです。
経営でも投資でも、強い人は一発で全部当てる人ではありません。
損失が出ても、退場しない人です。
純資産を守り、キャッシュを守り、信頼を守り、翌月も翌年も市場に立っていられる人です。
メンタルも同じです。
一度の失敗で、自尊心を全損させないこと。
一度の理不尽で、自分の価値を減損しすぎないこと。
一度の追い風で、自分を過大評価しないこと。
それが、心の会計でいちばん重要なルールです。
だから、明日からぜひ一つだけ実践してください。
嫌なことが起きたら、反射的に「自分が悪い」と結論を出す前に、心の中でこう問いかけるのです。
これは、私の改善課題か。
それとも、環境が持ち込んだ営業外損失か。
もし前者なら、仕組みを一つ直せばいい。
もし後者なら、全部を自分のB/Sに載せる必要はありません。
これだけで、かなり変わります。
世の中には、「運が悪い」と嘆いて止まる人もいます。
逆に、「全部自分次第だ」と言って自分を壊す人もいます。
でも、いちばん強いのは、そのどちらでもない。
不運の存在を認める。
そのうえで、反応だけは設計する。
外部要因は切り分け、内部改善は地道に積む。
気分に頼らず、仕組みに変える。
この人が、結局いちばん遠くまで行きます。
あなたが守るべきなのは、SNSで映える強気な言葉ではありません。
他人から見た「メンタルの強さ」でもありません。
守るべきなのは、あなた自身の心の純資産です。
それは、毎日の小さな仕訳で守れます。
今日の失敗を、全部自分のせいにしないこと。
今日の成功を、全部自分の才能だと思い込まないこと。
今日のストレスを、明日の仕組み改善に一ミリでも変えること。
その積み上げが、長い目で見れば「運がいい人」に見える人生をつくります。
最後に。
あなたがいま抱えているしんどさは、必ずしも「知恵がない証拠」ではありません。
むしろ、壊れた環境や重すぎる前提の中で、ちゃんと戦ってきた証拠かもしれません。
だからまずは、自分を乱暴に査定しないでください。
悲観してもいい。
落ち込んでもいい。
ただ、その感情をそのまま“自分という会社の評価額”に反映させないことです。
あなたの価値は、今日の一件で決まりません。
今日の損失は、今日の損失です。
そして、損失が出たなら、次は仕訳を変えればいい。
それだけです。
でも、それができる人は、驚くほど強い。
今日は、心の決算日だと思ってください。
過大計上した負債を少し減らし、過小評価していた資産を少し見直し、明日に持ち越すべきものだけを丁寧に残す。
その静かな作業こそが、あなたの人生のB/Sを守ります。
大丈夫。
運に振り回されない人とは、運を消した人ではありません。
運が混じる世界で、なお自分の処理を間違えない人のことです。
参考書籍
この記事で触れた「悲観との付き合い方」「感情の扱い方」「現実的な楽観」の理解をもう一段深めたい方へ。気合いで前向きになるためではなく、不運が混じる現実の中で、自分の心と行動をどう立て直すかを考えるヒントになる本を選びました。
1.『楽観主義の力 勇気と希望の心理学』鈎治雄
「前向きに考えよう」という軽い励ましではなく、人はどうすれば現実から目をそらさずに希望を持てるのかを考えたい人に刺さる一冊です。この記事で扱った「悲観しないこと」ではなく、悲観に飲まれずに意味づけを更新する力に関心があるなら、かなり相性がいいはず。気休めではなく、明日を立て直すための“心の足場”がほしい読者にすすめやすい本です。
2.『瞬間ストレスリセット 科学的に「脳がラクになる」75の方法』ジェニファー・L・タイツ
「考え方はわかった。でも、しんどい時に実際どうすればいいの?」という読者に向く実用寄りの本です。ストレス反応が出ている時は、正論より先に脳と身体を落ち着かせる手順が必要になります。本書はその“応急処置”の引き出しを増やしてくれるタイプ。記事の内容を、気合いではなく対処技術に落とし込みたい人にはかなりハマります。
3.『自分や他人に振り回されないための感情リテラシー事典』大芝義信
「運が悪い」「自分が悪い」と反射的に結論づけてしまう時、実は必要なのは根性ではなく、感情を言語化して扱う力だったりします。この本は、感情を敵として押さえ込むのではなく、読み解き、距離を取り、使いこなす感覚を養いたい人に向いた一冊。この記事の“感情の仕訳”という考え方に、かなり自然につながります。
4.『認知行動療法のすべてがわかる本』清水栄司
この記事の土台にある「認知的再評価」や「考え方のクセを見直す」という発想を、もっと体系立てて理解したい人にはこの本が入り口として優秀です。専門用語だけで終わらず、思考・感情・行動のつながりをつかみやすいので、ブログを読んで「自分の頭の中で何が起きているのかを整理したい」と感じた読者にぴったり。
5.『間違い学 「ゼロリスク」と「レジリエンス」』松尾太加志
“失敗しないこと”に過剰適応すると、人は逆に弱くなる――そんな逆説を考えるうえで面白い一冊です。この記事で書いたように、私たちは不運や失敗をゼロにはできません。大事なのは、ゼロにすることではなく、折れずに立て直せる構造を持つこと。この本は、まさにその発想を補強してくれます。
それでは、またっ!!
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