タンカー運賃が22年以来の高水準──“価格転嫁”より“在庫回転”が原価を救う

みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。
Jindyです。

値上げより“回す力”、あなたの現場はもう鍛え始めていますか?

2025年9月18日時点、原油のVLCCスポット運賃(中東→中国:TD3C)がWorldscaleでW108に達し、往復コストは少なくとも約660万ドル。年初から+150%と、2022年11月以来の高水準です。運賃上昇の背景は、中東からの輸出増と船腹のタイト化。数字だけ見ると難しそうですが、要は「運ぶコストが急に高くなって、在庫の持ち方次第で粗利が削られる」状況が来ている、という話です。

本記事のゴールは、初心者でも使える“在庫と為替”の守り方を、会計と行動経済学の視点でスッキリ型化すること。とくに以下の3点を押さえます。

  • いま何が起きているのか(すぐわかる要約)
    VLCCの指標「W108」は、タンカーの運賃見積りに使われるWorldscale(WS)という物差しの“108%”という意味。これが跳ね上がると、仕入原価に「運賃」という目に見えにくいコストがじわじわ染み込み、在庫評価を通じて粗利を圧縮します。
  • 会社にどう効くのか(PLへの翻訳)
    仕入原価↑ → 在庫評価↑ → 粗利↓。ここでの防御力は、為替(FX)×運賃(Freight)×在庫日数(Days)の掛け算で決まります。為替が円安なら輸入原価はさらにかさみ、運賃の上振れと相まって“ダブルパンチ”。一方で、在庫回転(DIOの短縮)は、運賃や為替をいじれないときでも効く“自助策”です。
  • やるべきこと(実装の型)
    「価格転嫁するか?」の前に、在庫の上限(バッファ)を数式で固定し、在庫日数×為替×運賃のリスク量をKPIで可視化。行動経済学的には、ニュースに煽られて“先回り在庫”を積みがちなので、ルールで自分を縛るのがコツです。運賃が落ち着けば自然に原価も緩むため、“待てる在庫水準”を設計しておくと、粗利の谷を浅くできます。運賃急騰という外部要因には逆らわず、回す(回転)・短く持つ(日数)・見える化する(KPI)の三段で対処します。

この記事では、原材料系メーカーや小売の現場でもそのまま使えるように、KPI→PL変換のテンプレを提示します。たとえば、

  • 在庫日数(DIO)を何日短縮すると、運賃W108→W100に戻った際の粗利が何%改善するか」
  • 為替±1円運賃±W10が在庫評価に与える影響を、在庫日数を通じてどう緩衝できるか」
    を“電卓で回せる式”に落とし込み、最後に意思決定チェックリストまで示します。

ポイントは、“価格転嫁”より先に“在庫回転”。価格は相手がある交渉ですが、在庫は自社の意思で動かせます。WS(Worldscale)の記号がニュースに並んでも、恐れる必要はありません。仕入原価=(本体+運賃)×為替×在庫日数の時間曝露と捉え、まず“日数”を短くする。これが今日からできる一手です。

いま何が起きている?──“WS108”を生活の言葉に翻訳する

まず全体像をひと息で。2025年9月18日、中東→中国(TD3C)のVLCC運賃がWorldscaleでW108、往復コストはおおむね660万ドルという水準に跳ね上がりました。年初来の上昇率は約+150%。背景は「中東発の輸出増 × 船腹タイト化 × アジア向け長距離輸送の増加」。結果として、“運ぶコスト”が仕入価格にじわじわ混ざり、在庫評価を通じて粗利を圧縮しやすい地合いです。ここを、初心者でも迷わない“生活の言葉”で分解していきます。

VLCCとWorldscale(WS)超入門:WS108って、結局いくら?

VLCC(Very Large Crude Carrier)は原油を約200〜320万バレル規模で運べる大型タンカーのこと。原油の主要航路では、Worldscale(WS)という“指標(%表示)”で運賃相場が語られます。WSは「基準運賃(フラットレート)を100としたとき、いまの相場が何%か」を表すもので、WS108=基準の108%という意味です。たとえばTD3C(中東→中国)航路では、貨物量×フラットレート×WS÷100と港費などから総運賃を見積もるのが基本。ニュースに出てくる“W108で往復約660万ドル”という数字は、この仕組みで弾いたざっくり感のある見積りです。初見だと難しく見えますが、「定価に対するいまの倍率」だと覚えればOK。

もう少しだけ噛み砕きます。WSは相対指標なので、原油価格や為替とは別物です。たとえばWSが10上がる(W98→W108)だけでも“運ぶコスト”は増えますし、原油本体が横ばいでも仕入原価は上がり得るというのがポイント。今期のように、**中東発の輸出増や長距離の引き合い(米・ブラジル・西アフリカ原油のアジア向け)が重なると、VLCCの空き船が減って倍率(WS)が上がる──このロジックで足元の“最高水準(22年11月以来)”が説明できます。初心者目線では、「送料が定価の1.08倍になっている」**くらいの理解で十分。

運賃はどう原価に混ざる?──“仕入原価=(本体+運賃)×為替”を、数字で体感

輸入の仕入原価(円ベース)は、シンプルに置き換えると次の形で考えられます。

仕入原価(円)={原油本体(USD)+海上運賃(USD)}× 為替(USD/JPY)

ここで海上運賃(USD)の中身がWSで左右される、というだけの話です。たとえば、1VLCCあたり660万ドルの往復運賃という相場感だと、1回の輸入で数億円単位(為替145円なら約95.7億円)のコストが積み上がるイメージになります(実務では片道配賦・積載効率・港費・滞船料などで調整)。重要なのは、為替が円安に振れると“本体”と“運賃”の両方が同時に重くなること。いま起きているのは、WS高止まり × 円安気味が重なる“ダブルパンチ”になりやすい局面、という理解でOKです。

もう一歩、在庫評価への伝わり方も見ておきましょう。会計上、期末在庫の評価額が上がると、当期の売上原価は下がるのが一般原則ですが(在庫増で原価が繰り延べられる)、仕入単価の上昇局面では、次の期に出ていく商品の原価負担が重くなりやすい。つまり、在庫日数が長いほど“高い運賃を含んだ単価”が社内に長く滞留し、実際に売れたタイミングで粗利を圧迫しやすくなります。ここで効いてくるのが在庫回転です。WSや為替は外部要因で動かしづらい一方、在庫日数(DIO)は自社の設計で短くできる。だからこそ“価格転嫁”より“回転”に先に手を付けるのが、初心者にも再現性の高い守り方になります。

KPI地図:為替 × 運賃 × 在庫日数──“3点の掛け算”でリスクを見える化

実務では、KPI→PL(損益計算書)に落ちるまでの翻訳の型を持っておくと迷いません。まずは3点だけ固定しましょう。

  1. 為替(FX):1USDの変動が在庫単価に何円の影響を与えるか(感応度)。
  2. 運賃(Freight=WS)WS±10のブレが1バレルあたり/1商品あたりのコストに何円乗るか(配賦ルールを簡易で良いので決める)。
  3. 在庫日数(Days=DIO):上記2つの“外部ショック”を何日間抱え続けるか時間曝露)。

この3点を掛け合わせると、「為替×運賃×在庫日数=粗利圧迫ポテンシャル」がラフに見えます。特に、行動経済学の落とし穴は“ニュースに煽られて在庫を前倒しで積む”こと。WSが急騰すると「今のうちに確保しなきゃ」という心理が働き、バッファ在庫が膨らみがちです。対策はシンプルで、“上限を式で決めて、例外は役員決裁”にすること。たとえば、

  • 安全在庫日数=サービスレベル係数×需要の標準偏差×√リードタイム
  • バッファ上限=安全在庫+(需要平均×追加リードタイム)

のように「数式で天井を固定」し、“WSが高いときほど上限を厳しくする”ルールを重ねます。結果として、在庫が長居する時間を短縮(DIO短縮)でき、高コスト滞留→粗利圧迫の連鎖を弱められます。ここまでが“原価を時間で守る”基本設計。あとは、TD3CやWSの最新動向(例:W108/最高水準)を週次で記録し、社内の調達・販売計画と突き合わせるだけ。数字の見える化が“先回り在庫”の衝動を鎮める最短ルートです。


ここまでで、「WS108とは何か」「どう原価に混ざるか」「どのKPIで守るか」を地図化しました。次では、原材料企業(メーカー)と小売それぞれに向けて、KPI→PLへの“変換テンプレ”を提示します。

原材料企業と小売の“守り方”─KPIをPLにそのまま流す運用テンプレ

まず前提をもう一度。足元では中東→中国(TD3C)のVLCC運賃がW108という高止まりで、往復で少なくとも約660万ドル相当という相場感。背景は、中東からの輸出増・アジア向け長距離輸送の増加・空き船の少なさ、といった要因が重なっているから。これが仕入れ原価にじわっと混ざるので、“在庫の持ち方”が粗利を左右します。本セクションでは、原材料企業(メーカー)と小売で今日から真似できる運用の“型”を、できるだけ日常の言葉に置き換えて提示します。数字や式は使いません。まずは手触りのあるルールにして、迷わず動けることを最優先にします。

原材料メーカー向け:調達〜生産〜販売が“同じ時計”で動くようにする

ねらいはシンプルで、「現場が“今の運賃と為替の重さ”を肌で感じながら、在庫を長居させない」ことです。やることは大きく三つの段取りに分けます。言い換えると、“買う前の準備”→“着いた直後の圧縮”→“作る速度の合わせ込み”の三拍子。どれも、専門用語なしで会話できるように整えます。

  1. 買う前の準備:ニュースに流されない“買い方の順番”を作る
    運賃の見出しが派手な時期ほど、現場は「早く押さえなきゃ」と感じがち。ここで効くのが“買う前チェック”の固定化です。やることは、仕入れ担当が自分で自分を落ち着かせるチェックリストを使うだけ。たとえば、(a)今の運賃の高さを一言で、(b)その高さが何日間手元に残ると痛いのか、(c)その痛みを短くする打ち手は何か──を、朝の短い打合せで口頭報告。要は、「高いのは事実。でも、それを何日抱えるかは自分たち次第」と確認する儀式です。ここで、調達・生産・営業の三者が同じメモを見て話すだけでも、過剰な“先回り在庫”を抑えられます。紙1枚で十分です。ニュースの勢いに負けないための“重し”だと考えてください。
  2. 着いた直後の圧縮:入荷から48時間で“置きっぱなし”をやめる
    次は物流ヤードと生産の連携です。高い運賃が混ざった原料は、ヤードや倉庫で寝かせるほど「じわじわ原価」を連れてきます。なので、入荷直後の48時間は“動線だけ”に集中します。パレットの置き場所・移動の順番・検品の時間帯などを、「止めない」「迷わせない」「戻さない」の三ルールで見直してください。やることは地味ですが、入荷から最初の工程に乗るまでの時間を短くするだけで、在庫の長居が減る。見た目の在庫量をいじらなくても、“滞在時間”を削ること自体が原価の守りになります。ヤードの掲示板に“今日の混ぜ物(高い運賃分)”を赤いマグネットで示すだけで、現場の優先順位がそろいます。これだけで動きが変わります。
  3. 作る速度の合わせ込み:生産計画は“売れる順”で並べ替える
    最後は生産順の並べ替え。高い運賃が混ざったロットほど、「先に作って先に売る」を合言葉にします。ここで重要なのは、精緻な式ではなく、営業の直感と生産の手触りを合わせること。毎朝、営業が「今日は何が本当に動くか」を3つだけ挙げ、生産はそれを上に持ってくる。倉庫の“滞在が短い列”から順に回すイメージです。機械の段取り替えの回数が増えるのを嫌がる声は当然ありますが、段取り替えの手間より“高い在庫が寝る”ほうが痛い局面だと割り切る。運賃が落ち着けば元に戻せばいいので、今は“回すこと”を優先します。ここまでやるだけで、調達・物流・生産・営業が同じ時計で動くようになり、運賃高のダメージ時間が短くなります。

小売向け:発注〜棚づくり〜値付けを“在庫日数の言葉”でつなぐ

小売は、店頭での体感がすべてです。やることは三つ。“買う量を小さく刻む”→“棚を回転重視に組む”→“値付けの考え方を一本化”。どれも難しい仕組みはいりません。店長・SV・バイヤーが同じ短い言葉で話すだけで回り始めます。

  1. 発注:一回の“山”を低くして、回数でつなぐ
    運賃が高いときに発注の“山”を作ると、その“重い在庫”がバックヤードに長く滞在します。ここでのコツは、一回の発注を低く、小さくして、回数を増やしてつなぐこと。トラックの積載効率を理由にまとめ買いしたくなりますが、まとめ買いの得は“運賃が普通のとき”に取り、今は“長居の損”を避ける方を優先します。EC在庫と店舗在庫を横持ちできるなら、“余ったらすぐ移す”前提で最初から発注量を控えめに。足りなければ追加でいい──この気持ちをチームで共有します。
  2. 棚づくり:売れ筋の“高速レーン”を作り、迷い棚を減らす
    棚割りは“回転の速さ”が正義です。まず、売れ筋の高速レーン(視線の高さ・通路側・手が届きやすい位置)をはっきり作る。ここに在庫の“重いロット”を優先的に置きます。逆に、迷い棚(なんとなく置いてあるけど回らない場所)をこの時期は潔く縮める。POPや価格訴求は“今週の理由”を必ず書く。たとえば、「物流コストが高い今は、まとめ買いより“必要な分だけ”が賢い」といったメッセージで、お客様の“買い過ぎ”も抑える。結果として、バックヤードに戻る量が減り、店の中での滞在時間が短くなる。店長の裁量でできる範囲でも効果は出ます。
  3. 値付け:値上げの“言い訳”ではなく、“回すための意思表示”にする
    値付けの議論は、つい「どれだけ上げるか」に寄りがちですが、今期は“どれだけ回すか”が本題です。おすすめは、期間を区切ったやさしい説明を値札やSNSで添えること。「物流コストが高い時期なので、在庫をためないように“今だけ”の価格設計にしています」と率直に伝える。値上げの正当化ではなく、店として“回転優先”を決めた意思表示にするのがポイント。これでスタッフの説明もそろい、迷わず案内できるようになります。高い在庫を抱え込まないためのコミュニケーションは、お客様の不信を減らし、結果的に回転を助ける動きになります。

共通ルール:ニュースに煽られない“心のガードレール”を先に作る

最後は、メーカーと小売どちらにも効く“心のガードレール”づくりです。人は、派手な見出しを見ると「今のうちに積んでおこう」と動きたくなります。そこで、衝動を冷ます仕掛けを先に用意しておきます。コツは、人の判断を奪わない範囲で、選べる幅だけを小さくすること。

  1. “例外は上申”のひと手間をルール化
    在庫をいつもより多めに積む時は、理由を一言で書いて上申するだけのルールをつくります。フォーマットはメモでOK。誰かを責めるためではなく、「後で振り返れる」形を残すためです。書く場所があるだけで衝動は弱まるもの。あとから見直して“やっぱり積まなくてよかった”が続けば、自然に衝動は減っていきます。
  2. “週一の10分”で外部環境を言葉にして合わせる
    会議はいりません。週に10分だけ、運賃と為替の近況を一言で共有します。「いまは高い。だから在庫は短く」程度で十分。ここで大事なのは、毎週同じ時間にやること。“同じ時間に同じ言葉が飛ぶ”だけで、チームの感覚はそろいます。指標の暗記は不要。「長居させない」という合言葉さえ共有できれば、細かい計算なしでも十分守れます。
  3. “見える化”は一画面・三色だけ
    ダッシュボードも高機能は要りません。在庫の“滞在時間”が長い順に並ぶ画面を一つ。色は緑=短い/黄=普通/赤=長いの三色だけ。数字は細かくしない。誰が見ても「赤を先に動かす」と判断できる状態にします。現場のタブレットやスマホで見られれば十分。在庫の“滞在時間”にみんなの視線が集まるだけで、自然と先に動くようになります。

ここまでが、「原材料メーカー」「小売」それぞれが今すぐ取り入れられる“守り方の型”です。共通しているのは、立派な数式を使わずに、行動を先に変えること。運賃や為替はコントロールできませんが、在庫の“長居”は自分たちで短くできる。しかも、今日からです。次では、これを日々のチェックリスト意思決定の手順書に落とし込み、「これだけ見れば迷わない」という実戦ツールにまとめます。

毎日の“見える化”と意思決定の流れ──迷わず動くための実戦ツール

いまの状況をもう一度だけ整理します。中東→中国(TD3C)のVLCC運賃はWorldscaleでW108と、2022年11月以来の高水準往復で少なくとも約660万ドルに相当し、年初から約+150%まで跳ね上がりました。背景は、中東の輸出増と空き船の少なさ、アジア向けの長距離輸送の増加。つまり「送料が“いつもより高い”」というだけの話なのに、仕入原価に混ざると在庫の“長居”がそのまま粗利の重さになります。だからこそ、今日のテーマは“難しい式なしで、毎日どう動くか”です。

日々の“見るだけ運用”──一画面で「どれを先に動かすか」がわかる状態をつくる

ダッシュボードは凝らなくて大丈夫です。必要なのは“いま長居している在庫が、ぱっと見でわかる”一画面だけ。画面には、在庫を滞在時間の長い順に並べ、色は緑・黄・赤の三色。赤は「長居しすぎ」、黄は「注意」、緑は「問題なし」。この三色が昼礼の話題になれば十分に機能します。数字を増やしたくなる気持ちはいったん抑え、“赤を先に動かす”という合言葉をチームの共通語にします。店舗なら売場のフェイスを入れ替え、工場なら段取りの順番を一つ前につめる。物流なら、赤い在庫のピッキングを先に回す。どれも数分で決められる範囲ばかりです。

ここで大切なのは、毎日同じ時間に同じ画面を見ること。在庫の色が変わっていく様子が、スタッフにとっての“ゲームのスコア”になります。スコアが上がれば自然とモチベーションが上がり、赤を減らすためのアイデアが現場から出てくるようになる。たとえば「検品の開始時刻を30分早めて、午前中に“赤”を一山片づける」だけで、午後の作業が軽くなります。こうした小さな改善の積み重ねが、W108のような高運賃期でも粗利の谷を浅くすることにつながります。外の相場は動かせませんが、“先に動かす”順番は自分たちで決められる。この事実をチーム全員が体で理解できるのが、「見るだけ運用」の最大の価値です。

バッファ在庫の“上限”を言葉で固定──「例外は上申」のひと手間が衝動を冷ます

運賃の見出しが派手な時期ほど、担当者は「今のうちに積んでおくか」と感じます。ここで効くのが、上限を“言葉”で決めるやり方です。数式は使いません。たとえば社内のルールブックに、たった数行を書き足します。「高運賃期は、普段の在庫より一段浅く持つ。例外で多めに仕入れる時は、理由を一言で書いて上長に上申」。これだけ。大げさな稟議は不要で、チャットの固定フォームや共有メモで十分です。“理由を一言にする”という作業が、実は強力なブレーキになります。書こうとして手が止まったら、その在庫は本当に必要ではなかった、というサインだからです。

倉庫やバックヤードの運用も同じ発想でいけます。たとえば、入荷当日のロットには赤いタグを付け、タグが付いた在庫は48時間以上、床に寝かせないと決める。生産なら、タグ付きロットを“今日の先着”として工程に乗せる。店頭なら、タグ付き商品をお客様の視線の高さに移す。いずれも、“高いコストが混ざった在庫を先に回す”というメッセージを、社内のどこにいても同じ形で見えるようにする工夫です。こうして上限の線先に動かす順番を言葉で固定しておくと、ニュースに煽られた“先回り仕入れ”の衝動が目に見えて減っていきます。結果として、在庫の長居=粗利の目減りを静かに抑え込めます。

③ 為替と運賃の“波”を現場に直送──週10分の口頭アップデートで十分

相場の数字を丸暗記する必要はありません。大事なのは、“波が高いか、落ち着いているか”の雰囲気を、現場が自分の言葉で言えることです。おすすめは、週に一度、10分だけの口頭アップデート。調達、物流、生産(または店長・SV・バイヤー)が同じテーブルに座り、「今週は高い。だから“長居”は作らない」あるいは「今週は落ち着き気味。通常運転へ寄せてよい」と一言で合わせるだけで十分です。紙資料も投影も不要。むしろ、短い言葉で合意することが重要です。

この場では、最新の見出しを一つだけ紹介して、空気感の根拠にします。「VLCCの中東→中国がW108で、年初から150%上がっているらしい。高止まりだね」という程度でOK。数字の厳密さより、現場が意思をそろえて動けることが価値です。終わりに、“今週やめること”を一つだけ宣言します。たとえば「トラック効率のためのまとめ発注は、今週だけ封印」「段取り替えを嫌って後ろに回していたロットを、今週は前に持ってくる」など。やめることを先に決めると、現場は自然に“回すための空き”を見つけます。高運賃期は守りの期間。足すより引くの発想が、最短で効きます。


ここまでを一言にまとめると、「赤を先に動かす」「上限は言葉で決める」「週10分で意思をそろえる」の三つです。どれも、難しい式やシステムは不要で、今日から回せます。外部要因である運賃や為替の“波”は止められませんが、在庫の滞在時間はいつでも短くできる。回す力がつけば、WSが上がっても下がっても、粗利の谷は浅くなります。

結論:外の波は読めなくても、在庫の“時間”は必ず短くできる

いまのVLCC相場は、偶然の重なりではありません。中東からアジアへの原油フローが増え、船の空きが薄く、長距離の動きも増えた──その結果としてTD3CがW108、往復で少なくとも約660万ドル相当、年初来+150%という「送料の高い世界」がやって来ています。ニュースの数字は派手ですが、私たちの手元でやることは驚くほど地味です。毎朝同じ画面を見て、“赤”を先に動かす。先回りで積みたくなる衝動には、上限を言葉で決めて静かにブレーキをかける。週10分の口頭アップデートで、「今週は長居させない」と意思をそろえる。これらはすべて今日からでき、しかも為替や運賃の波に左右されない“自分の選択”です。相場の山谷は読めなくても、在庫の滞在時間は確実に短くできる。ここが、経営にとっていちばん“再現性のある守り”だと断言できます。

会計の視点でいえば、外のコストが高い時期ほど在庫が社内に“長居”すると、後でじわっと粗利を削りに来るという事実を忘れないこと。今回は「価格転嫁が難しいときほど、在庫回転を先に触る」ことの意味を、現場の言葉で整理しました。メーカーなら、入荷直後の動線を詰め、作る順番を“先に売れるもの”に寄せる。小売なら、発注を小さく刻み、売場の高速レーンで重いロットを先に抜く。数式はいりません。“滞在時間”を短くする工夫を毎日たすだけで、粗利の谷は浅くなります。相場が落ち着けば元に戻せばいい。だから、今は回す力を意識的に鍛えるフェーズだと腹を括る。やることを最小限に、頻度は最大に──この筋肉は、次の波でもあなたを守ります。

最後に、行動経済学から一言。人は「将来の不安」に対して“物を多めに持つ”ことで安心しようとします。でも、原価にとっての安心は逆で、「短く持つ」ことが正解です。ニュースが熱いほど、ルールで自分を縛る。例外はひとこと上申。赤は先に動かす。この三つをチームの合言葉にした瞬間から、あなたの会社は外部の波に振り回されなくなります。運賃が上がっても下がっても、PLの呼吸は乱れない。守るべきは、価格ではなく時間。在庫の“時間”に目を向ける会社は、いつの相場でも静かに強いのです。

深掘り:本紹介

もう少しこの内容を深掘りしたい方向けの本を紹介します。

需給インテリジェンスで意思決定を進化させる サプライチェーンの計画と分析
需要予測~計画~分析までの実務フレームを通しで学べる1冊。仕入・生産・販売を同じ“時計”で動かす考え方が、在庫日数の短縮や回転改善に直結します。


まんがでわかるサプライチェーン 知っておくべき調達・生産・販売の流れ
漫画+解説で基礎をやさしく可視化。現場の会話にそのまま使える“流れの理解”が得られるので、新任の調達・物流・営業に特におすすめ。


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それでは、またっ!!

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