ドルの呪縛を解き放て―Stephen Miran「A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System」を読み解き、投資と会計の未来を先取りする―

みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。
Jindyです。

なぜトランプはまた“関税”にこだわるのか?

この問いに即答できる人は、実はあまり多くありません。
「保護主義だから」「中国に強く出たいから」――その通り。
でも、それだけでは金融市場や企業の会計がどう動くのか投資家はどこで備えるべきかまでにはたどり着きません。

本ブログでは、トランプ政権の経済顧問経験もあるStephen Miran氏の最新論文をもとに、アメリカが関税と通貨戦略をどう連携させ、“ドルの過大評価”という構造問題に挑もうとしているかを深く読み解きます。

そのうえで、次の3つの具体的な実利にフォーカスして解説していきます:

このブログで得られる3つのポイント

  1. 政策の“順番”が見えるようになる
     関税→ドル高→通貨協調→ドル安という「政策シーケンス」が理解でき、ニュースが時系列でつながります。
  2. 投資の“時差ロジック”を組み立てられる
     関税強化で逆風を受ける企業と、通貨政策で復活する産業――どこで買い、どこで逃げるかの判断軸が明確に。
  3. 会計数値の変化点を先取りできる
     関税収入・超長期債発行・為替評価益など、企業決算に与える“時差インパクト”を読む視点が手に入ります。

一見すると地味な論文。
でも読み解くと、「世界のルールをどう組み替えるか」という壮大な戦略構想が見えてきます。
しかも、ただの評論ではなく、投資家と実務家にとっての“羅針盤”となる内容です。

さあ、トランプ再選が現実味を増すなかで、「政策と市場のリズム」を先読みする力をここで養っておきましょう。
次から、論文の中核をわかりやすく、かつ深く、解説していきます。

ドル過大評価という“構造病”

準備通貨の宿命、それは永遠の経常赤字

Stephen Miran氏の論文が出発点に据えるのは、極めてシンプルかつ見落とされがちな事実―米ドルが世界の基軸通貨である限り、アメリカは経常収支の黒字を維持できないという現実です。

世界中の中央銀行や機関投資家がドル資産を必要とするかぎり、アメリカは「モノやサービスを輸入し、代わりにドル建て債券を供給する」という構造から逃れられません。
これが“トリフィンのジレンマ”です。
本来なら為替レートが輸出入のバランスを自動的に調整するはずですが、ドルは「需給によって価格が落ちにくい」極端に特殊な通貨なのです。

この結果、ドルは慢性的に過大評価され、アメリカ製品の価格競争力は常に削がれ、製造業は空洞化し、国内の労働市場は低賃金化と脱工業化の波に晒される。
ミランはこれを「ドルが強すぎることによって、アメリカの中間層が構造的に損をしている」と喝破します。

なぜ“強いドル”はアメリカを弱らせるのか

この構図は投資家にとっても重大な意味を持ちます。
まず、強いドルは海外で稼いだ利益をドルに換算する際に目減りさせるため、多国籍企業のEPS(1株利益)に下押し圧力をかけます。
加えて、米国外で生産する企業が増えれば、アメリカ国内の資本投資も雇用も増えません。
これでは製造業の株価に“構造的なPERディスカウント”がかかるのも当然です。

また、ドルが高止まりすると、新興国の企業や政府が抱えるドル建て債務の返済コストが上昇します。
外貨準備の圧縮、為替介入、資本規制といった副作用を呼び、グローバル市場全体が不安定化する構造的要因ともなり得るのです。

会計と財務諸表にも現れる「トリフィンの傷痕」

会計の世界でも、ドル過大評価の影響は着実に積み上がっています。
たとえば、米企業の包括利益(OCI)には、外貨建子会社の為替換算調整額が直接反映されます。
ドルが強くなればなるほど、この差額は大きくなり、PLには現れないがBSには反映される“目に見えにくい評価損”として、企業の自己資本をじわじわと削っていきます。

さらに、為替感応度が高い企業の中には、在庫の回転率や仕入原価の会計評価に影響が及ぶケースもあります。
ドル高により、海外からの部材仕入れコストが下がれば、棚卸資産評価が低くなり、一時的に利益率が上昇することもありますが、それが持続可能な“実力”なのかどうかは、非常に読み解きが難しくなります。

このように、ドルの過大評価という問題は、単なる「国際金融の理屈」ではありません。
それは製造業の競争力、投資判断の前提、企業会計の構造に至るまで、あらゆる経済レイヤーに静かに、しかし確実に浸透している“構造病”なのです。
そしてMiran氏は、この病を治すには「関税」と「通貨政策」を併用する以外にない、と論じていきます。
次ではその第一の処方箋、「関税」について詳しく読み解きます。

関税という“財政政策”の再発明

なぜ「関税」が再び脚光を浴びるのか

関税というと、経済学の教科書では「効率を損なう保護主義の象徴」として否定的に扱われることが多い。
しかし、Stephen Miran氏はこの常識に真っ向から異を唱える。彼は、関税を単なる貿易障壁ではなく、“通貨政策の代替手段かつ、財政政策としての機能を持つツール”として位置づけ直す。
特に注目すべきは、「関税を通じてドル高を誘導し、その後の通貨協調戦略につなげる」という、時間差戦略の一部として関税を活用している点である。

彼の主張は明快だ。関税をかけると、当然ながら輸入価格が上がる。
しかし、国際的な為替市場は敏感に反応し、関税を課された側の通貨が下落する。
つまり、「関税で物価が上がる」という直感的なイメージは、実際には為替によって“相殺”されることが多い。
これを「通貨オフセット効果」と呼ぶ。Miran氏は、2018〜19年の米中貿易戦争時のデータを用いて、実際にこの現象が起きたことを実証的に示している。

“外国に課税する”という財政の新しい発想

Miran氏が提示するもう一つの斬新な論点は、関税は国内課税とは異なり「外国が負担する税金」であるという視点だ。
関税収入は確かに米政府の歳入となるが、負担するのは主に輸出国の企業か、為替が調整されることで一部その国の通貨保持者に分散される。
つまり、国内の法人税や所得税を上げることなく、外国から“間接的に税金を徴収”できる仕組みが、関税なのだ。
これは財政赤字が常態化し、増税に政治的制約がかかる米国にとって、極めて実用的な財源確保手段として映る。

さらに、関税導入により“見かけ上のインフレ率”が為替によって抑制されることで、利上げ圧力が高まりにくくなるという副次的効果もある。
Miran氏はこの点を活かし、「関税→ドル高→物価安定→金融緩和の余地が生まれる」という逆転の政策連携モデルを提示している。
この視点は、教科書的な“関税=インフレ要因”という思考パターンとは真逆であり、政策と市場のダイナミズムを読み解く鍵となる。

投資家と会計実務家が見るべき“関税の影響点”

投資の観点では、この関税戦略が短期的には輸入依存度の高い小売・消費セクターに逆風となりうる一方、為替の自動調整を前提とすれば、原材料コストの上昇は限定的にとどまる可能性がある。
特に米国内で生産している企業や、調達先をNAFTA圏にシフトしている企業には、むしろ相対的な競争力の向上が見込まれる。

会計上は、関税が企業の原価計算や在庫評価にどう作用するかが重要となる。
為替オフセットが完全であれば、仕入原価はさほど動かず、棚卸資産評価や粗利率に大きな変化は生じにくい
しかし、オフセットが不完全だった場合、輸入価格の上昇が棚卸資産に反映され、決算期ごとに在庫回転期間や営業キャッシュフローが大きく揺れる可能性がある。
したがって、投資家はPLだけでなく、在庫と買掛金の推移など、BS側の変化にも注意を払うべき局面となる。

関税は「古臭い」どころか、極めてモダンな経済ツールに進化しつつある―これがMiran氏の問題提起だ。
そして、その関税が真の威力を発揮するのは、次の通貨戦略との“連携”によってである。
次では、その戦略の核心、すなわち“マラアラゴ合意”構想について詳しく見ていこう。

マラアラゴ合意と通貨戦略—“超長期債シフト”の破壊力

同盟国に「借金の期限」を押しつける戦略的合意

Stephen Miran氏が提案する通貨政策の中心には、“マラアラゴ合意”という仮想的な多国間枠組みがある。
これは1985年のプラザ合意を連想させるが、その趣旨と戦術ははるかに巧妙かつ現代的だ。

その基本構造はこうだ。アメリカは安全保障や外交面での影響力をてこに、同盟国が保有する米国債を「超長期債」(30年、50年、さらには100年債)へとロールオーバーすることを促す
その見返りとして、ドルを段階的に切り下げ、同盟国にとっても輸出競争力の改善という実利を与える。

ここでの本質は、「誰が米国の財政コストを背負うか」というゲームである。
Miranは、債券の満期延伸によって“借金返済の先送り”が可能になり、財政の時間的自由度が増すと主張する。
これによって、米国は赤字削減を先延ばししながらも、ドルの供給量を調整し、製造業の競争力を高めるという“二兎”を追う。

通貨介入の選択肢とそのリスク

もしマラアラゴ合意が成立しなかった場合、Miran氏は一国単独での通貨政策オプションも視野に入れている。
具体的には、IEEPA(国際緊急経済権限法)や為替安定基金(ESF)を活用し、米財務省が単独でドル売り介入を行うというシナリオだ。

ただし、ここには大きなリスクがある。
FRBの協調なしに行われる単独介入は、市場に予測不能な変動をもたらし、ボラティリティを高める
為替だけでなく、株式・債券・コモディティ市場も連動して動揺する可能性がある。
Miranは、だからこそ「関税で一度ドルを“過大評価”させておき、その後のドル安戦略を市場に“歓迎される”かたちで行う」必要があると説く。

この戦略の裏には、市場心理と為替政策のあいだに“順番”を作ることで、ボラティリティを管理するという高度な設計思想がある。
市場は往々にして“変化”そのものより、“意図不明な変化”を嫌う。よって、段階的かつ予測可能な手順での介入が極めて重要となるのだ。

超長期債が変える資本市場と財務戦略

米国が本格的に50年債や100年債の発行を進めた場合、その影響は債券市場の枠を超えて、投資・会計の世界にも大きなインパクトを及ぼす。
まず、超長期債の拡大は年金・保険などの長期資産運用機関にとっては“理想的な投資先”となり、ポートフォリオのデュレーション戦略が大きく塗り替えられる。

一方で、こうした長期債の発行増は、利回り曲線の再構成を促す。
仮に短期金利が維持されながら超長期金利が下がれば、企業のWACC(加重平均資本コスト)も変化し、資本投資の意思決定に直結する可能性がある。
また、借入期間が延びることで財務レバレッジを取りやすくなる企業も出てくるため、信用リスクの再評価も避けられない。

会計の視点からは、ドル安が進行することで、海外売上比率の高い企業に一時的な為替換算益が発生し、PL上の見かけ上のEPSが増加する可能性がある。
これは投資家の判断を一時的に狂わせる要因にもなり得るため、Miranは「通貨調整後EPS」や「恒常為替ベースの指標」での業績分析が必要になると示唆している。

Miran氏の戦略は、関税という“攻撃”と、通貨政策という“調整”のコンビネーションによって、アメリカの構造的な弱点―ドル過大評価と製造業の空洞化―に真っ向から挑むものだ。
そしてその中心に据えられたのが、マラアラゴ合意と超長期債市場の再設計という、極めて実務的かつ市場に織り込みづらい発想である。
投資家・会計人のいずれにとっても、この“非連続な政策転換”は、リスクであると同時に機会でもある。次に訪れる変化の波をどう読むか―それが未来のリターンを左右するだろう。

結論:世界を変えるのは、数字を読み、順序を知る者だ

Stephen Miran氏が描いたのは、ただの政策提言ではありません。
それは、失われたアメリカ中西部の製造業、空洞化した地域経済、グローバル通貨体制の歪みに対する“静かな反撃”の設計図でした。
関税と通貨政策、そして超長期債という一見バラバラなピースを、ミランは緻密に接続し、時間軸に沿って並べました。
その結果見えてくるのは、「政策の順序が変われば、為替が動き、株が動き、人の生活も変わる」という冷徹なリアリズムです。

私たち投資家や会計実務家は、その“順番”を先に知る者です。
ならば私たちには、未来の混乱を先読みし、そこから静かに利益を積み上げ、そして人々の選択に備える責任があります。

ドルはただの通貨ではなく、世界の秩序そのもの。
だからこそ、その“重力”を動かそうとする試みは、いつだって波紋を呼ぶ。
けれど、それでもなお、ミランは語ります―「秩序は変えられる。理論と数字と、誠実な設計があれば」と。

変化は突然やって来るのではありません。
それは、今日のように一つの論文を読み、一つの視点を手に入れ、静かに備える人々の手によって、すでに始まっているのです。

次の相場を制するのは、ニュースの表層に踊る言葉ではなく、その裏にある政策の順番と、数字の揺れを見抜ける目です。
あなたの中に、その目はもう、育ち始めているはずです。

深掘り:本紹介

もう少しこの内容を深掘りしたい方向けの本を紹介します。

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