“中国×免税”が止まると何が起きる?──粗利・在庫・値引きの三段論法


みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。Jindyです。

“中国×免税”が止まったら、粗利・在庫・値引きのどこから崩れる?

中国人旅行者による免税市場の隆盛が急ブレーキをかけ、資生堂の業績にも逆風が吹き荒れています。本稿では、アジア/トラベルリテール(免税店)事業の減収要因と、在庫管理や販促、値引きが粗利をどのように侵食するのかを会計・投資家の視点から徹底解剖します。その過程で、地域別セグメントの再設計と新たなKPI案も提案。読者の皆さんは、資生堂の苦戦の構造がクリアに理解できるだけでなく、類似業界や企業分析に役立つ視点を得られるはずです。

中国・免税の逆風と地域別業績の実態

2024年、資生堂のトラベルリテール事業(中国・免税含む)の売上高は前年同期比で18.6%減少し、コア営業利益は前年の約1/3に当たる70.7%減少しました。この大幅な落ち込みは、中国国内の消費低迷と合わせて、特に海南島や韓国の免税チャネルで顕著です。実際、2024年に海南省の免税店売上は前年比約▲29%の大幅減(CNY437.6億→309.4億)となり、中国人観光客1人当たりの購買額も低調です。原因の一つに、中国政府による越境転売(ダイガオ)の徹底規制があります。違法転売規制の強化と経済不透明感から、消費者の“モノ消費”が冷え込み、「体験消費」を好む傾向も指摘されています。

海外メーカーでも同様の動きが出ています。例えばエスティローダーは2025年上期、在庫管理と値引き抑制により粗利率を改善しながらも、トラベルリテール・中国事業の2ケタ減収を反映して粗利益全体が圧迫されたと報告しています。ロレアルも「北アジア(中国+免税)」で前年割れが続き、同地域の免税売上は2024年通年で前々年比▲35%まで落ち込みました。つまり、中国人旅行者需要の急減とトラベルリテール市場の低迷は、資生堂だけでなく業界全体を揺るがす構造変化だと言えます。

資生堂自身もこれを重く受け止め、2024年末に「アクションプラン2025-2026」を発表しました。その中で「中国・トラベルリテールに偏重した収益構造から脱却する」ことを明言し、2026年度に営業利益率7%、ROIC5%を目指すと宣言しています。2025年度の予想では、中国・免税事業は「減収・減益を見込む一方」、日本、米州など他地域の拡大で補う計画です。実際2024年度決算では、訪日客の回復で日本の免税売上は堅調に伸びたものの、一方で海南島や韓国での中国人旅行者の激減が響き、現地出荷は停滞を続けました。これらを受け、地域別ポートフォリオの再構築に着手したわけです。

粗利を蝕む「在庫・販促・値引き」の三重奏

売上減少の影響は数字以上に深刻です。一般に、売上が落ち込むと在庫が積み上がり、その調整が必要になります。実際、資生堂もサプライヤー側での生産調整を進める中で、小売店側では「在庫調整」が進行しました。例えば日本市場では訪日消費需要が旺盛にも関わらず、卸売店・小売店が在庫水準を見直した影響で当期売上が落ちたと報告されています。こうした在庫の増加(≒在庫回転率の低下)は、売上回復が鈍い中、企業資金を食いつぶすリスクに直結します。

在庫が余ると、次に販促コストが増大します。先述の海南免税では、年末年始に向けて自治体がクーポンを大量発行し、旅行者に割引を打ち出しました。資生堂も同様に、主要都市免税店でセールやキャンペーンを増やさざるを得ず、販促費がかさみます。販促費の増加は当然ながら粗利益率の悪化を招きます。実際、資生堂2025年上期IR資料でも、「粗利減リスク」を指摘しつつ構造改革で対処する方針を示しています。

そして最後が値引きです。市場に在庫が滞留すると、最終手段として割引販売で在庫を吐き出すしかありません。競合を見ると、エスティローダーは価格戦略の見直しと値引き抑制により粗利益率を2.3ポイント改善させたと報告しています。資生堂も社内で在庫管理や割引抑制の重要性を唱えており、在庫回転日数の短縮をKPIに据えています。実際、新戦略の一環としてERP統一による在庫可視化や、日本での販売チャネル統合を進め、在庫を集中管理する動きが進行中です。これら施策は在庫回転率向上と偏在在庫の縮減を通じ、長期的にはROIC改善に寄与するとされています。

以上のように、売上→在庫→販促→値引き、という順序で粗利はジワジワと侵食されていきます。コロナ禍後の好調期にはあまり顕在化していなかったボトルネックが、需給バランスの崩れで一気に浮き彫りになっているわけです。読者の皆さんは、この「在庫×粗利×値引き」の螺旋が、業績だけでなく企業価値にも影響する点に注目するとよいでしょう。

再設計する地域ポートフォリオと新KPI案

では、こうした逆風に対し、資生堂はどう対抗すべきでしょうか。まず、中国・免税に偏重しない地域分散が急務です。具体的には、伝統的に高い利益率の日本・欧州・米州市場でのブランド強化に注力しつつ、新興のアジア市場も探求します。加えて、旅行者の購買モデルを改善するKPIを設定します。例えば「旅行者購買率(中国人以外の外国人旅行者が占める比率)」や「免税店チャンネル別粗利率」など、新たな視点で営業活動を可視化できる指標です。実際、資生堂自身も中期計画で「トラベルリテールは観光客重視(Travel Retail refocus on travelers)」と宣言し、セグメント再編を行いました。この方針に沿って、例えば「免税店での中国人客以外の売上比率」や「店舗在庫回転率」などをモニタリングすると良いでしょう。

また、財務面ではROICや在庫回転日数を地域別KPIに据えるべきです。資生堂は2026年ROIC5%を目標としていますが、これは地域ごとに異なる施策で達成を追うべきものです。投下資本(販管費や在庫資産)に対する稼ぐ利益の効率を地域別に可視化し、低ROIC地域には構造改革や撤退も含めた判断を求める。併せて、プロモーション費用比率や値引き損失額も地域別にトラックし、販促の適正化を図る。たとえば、利益率が低下している「中国TR」セグメントに対しては、投入するマーケティングコスト対効果(ROI)や在庫回転の改善度合いをKPI化します。一方、強化すべき「日本・米州」では、新規出店数やブランド認知度向上、プレミアム製品比率を追い、収益性向上を目指すとよいでしょう。

さらに、会計視点ではセグメント業績の定量評価が重要です。売上ではなく「粗利額」や「投下資本回収」をベースに、事業部門別に採算性をチェックします。たとえば、ある地域で売上が出ていても粗利率が大きく低下していれば「真の黒字」か疑問です。資生堂は期中にTravel Retailと中国事業を統合するなど組織を見直しましたが、この背景には実際の利益構造変化への対応があります。これからは、地域長が売上・利益責任だけでなく「在庫・投資効率責任」も持つマトリクス管理が鍵になりそうです。

KPI案まとめ:

  • 地域別ROIC:販管費・在庫を含む投下資本に対する利益率。
  • 在庫回転日数:月間/四半期ごとの推移で、在庫効率を測定。
  • 中国人以外顧客比率:免税事業での購買主体変化を把握。
  • 販促費用比率・粗利率:販促投資対効果と純利益へのインパクトを地域別に監視。
  • ブランド・価格帯別売上構成:高付加価値品のシェア拡大を追跡。

こうした指標を組み合わせることで、地域ポートフォリオを数値化し、戦略のフィードバックループを構築できるでしょう。会計的視点と投資家視点をミックスすれば、どの地域でどんな手を打つべきかが見えてきます。

結論:混迷の先にある新たな光

混沌とした市場環境の中でも、冷静な分析は新たな道を示します。中国・免税市場の停滞は資生堂に痛手を与えましたが、それによって体質改善の大号令が鳴らされたとも言えます。読者の皆さんも、本稿で整理した粗利・在庫・値引きの三段論法と、地域別KPIのアイデアを、ぜひ自身の仕事や投資判断に活かしてください。たとえ目の前の数字が厳しくても、その裏に潜む構造要因を理解し、的確な対策を描ければ、未来への光は必ず見えてきます。

資生堂の次なるステージは、変化を糧に革新することで切り拓かれます。「眼を逸らさず、数字を読み解くこと」―それが不透明な時代を前にした私たちにできる最大の武器です。翳りから抜け出し、強いブランドへ再生するストーリーは、もう始まっています。

深掘り:本紹介

もう少しこの内容を深掘りしたい方向けの本を紹介します。

日本の化粧品総覧
直近1年の新製品動向や主要メーカー別の販売商品を俯瞰できる年鑑。中国・免税依存からのリバランスを考える際、国内チャネル(百貨店・EC・ドラッグ)で何を伸ばすべきかの“土台データ”として有用。

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粧界ハンドブック
業界規模、主要プレイヤー、流通やトレンドの整理に強い定番年鑑。セグメント会計視点で“どのチャネルで粗利が出やすいか”を構造的に押さえるのに役立つ。


中国における中産階級のラグジュアリーの消費拡大と新たな高級品市場の創出
中国のミドル〜アッパー層がラグジュアリーをどう買うかを、価値共創の視点で分析。免税チャネルの鈍化時に“どの価格帯・どのタッチポイントに価値が移ったか”を考える材料に。


図解でわかる 在庫管理の基本としくみ
在庫回転日数・在庫コストの考え方から、在庫を持つ/絞る判断の勘所までを図解。ブログの中核テーマ「在庫→販促→値引き」の負の連鎖を、“KPI設計”に落とし込むのに最適。


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それでは、またっ!!

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