政府は2025年5月16日、年金制度改革法案として「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案」を第217回通常国会に提出しましたmhlw.go.jp。国民年金法や厚生年金保険法などを部分改正し、多様化する働き方に対応するとともに、公的年金の所得再分配機能を強化する内容ですmedia.shaho.co.jpmedia.shaho.co.jp。当初、政府は基礎年金(国民年金)の給付底上げ策として厚生年金の積立金活用も盛り込む方針でしたが、与党内で参院選への影響を懸念する声が強まり、成立前の修正協議で一度は削除されましたsp.m.jiji.comkhb-tv.co.jp。しかし2025年5月末には自公・立憲民主党の3党で修正合意し、「2029年の次回財政検証で基礎年金の給付水準の大幅低下が見込まれる場合には底上げ策を実施する」旨を法律案付則に明記することになりましたsp.m.jiji.comkhb-tv.co.jp。この修正案は2025年6月末までの国会成立を目指し、成立後は法令の施行期日が個別規定されます。例えば、所定労働時間20時間以上の短時間労働者の適用拡大支援措置は2026年10月施行(3年以内に省令制定)など、改正項目ごとに施行時期が設定されていますecg.co.jpmedia.shaho.co.jp。
厚生年金積立金の基礎年金充当案の具体的内容
本改正案(修正協議の合意案)では、厚生年金加入者が支払った保険料(「2階部分」)のうち基礎年金(1階部分)分への充当を強化する考えです。これまで厚生年金保険料は、「報酬比例部分(2階)」と「基礎年金部分(1階)」に配分されていました。修正案では配分割合を変更して基礎年金部分に多く配分し、その結果、基礎年金の給付水準を引き上げる枠組みが提案されていますcdp-japan.jp。政府試算では、この変更により最終的には厚生年金受給者の約99.9%の給付水準が上昇すると説明されていますkhb-tv.co.jp。
具体的には、2029年の年金財政検証で「基礎年金給付の低下が著しい」とされた場合、附則に基づき基礎年金の給付を底上げする仕組みを法案に盛り込みましたsp.m.jiji.com。同時に、基礎年金充当拡大に伴い一時的に減少する可能性のある厚生年金の給付を緩和する措置も講じるとしていますsp.m.jiji.com。なお、法律本文には具体的な「積立金の移し替え条項」は明記されておらず、財政検証結果をトリガーに給付額を改定する形となっています。
厚生年金加入者への影響・不利益
厚生年金加入者(会社員など)にとって、この制度変更は以下のような影響・不利益が指摘されています。
- 拠出負担と給付の増減の不安:加入者の保険料が国民年金(基礎年金)の充当に使われるため、自分たちの将来の給付が減るのではないかとの懸念がありますnikkansports.comkhb-tv.co.jp。河野太郎氏などは「厚生年金被保険者が年金のために負担した保険料を勝手に目的外利用するものだ」と批判し、いわゆる“被保険者の金を流用する”と強く非難していますnikkansports.com。実際、当初の案では第1号被保険者(自営業者等)の給付は増える一方で、第2号被保険者(会社員等)の給付が相応に減るという誤解も広まりましたkhb-tv.co.jp。
- 将来の給付減少リスク:厚生年金自身のマクロ経済スライド調整は2026年度で終了予定でしたが、基礎年金充当拡大に伴う財源確保のため、厚生年金の給付抑制が続くリスクがあります。一度加入者の積立金を使った分だけ、将来に渡って給付負担が重くなる懸念があります。
- 世代間・職域間の不公平感:納めた掛金を他の階層の給付に使う構図は、「会社員が自営業者の年金を肩代わりする」という印象を与えていますkhb-tv.co.jp。就職氷河期世代など現役世代では若年層ほど年金額が低くなりがちであり、負担感の増大に繋がるという指摘があります。
- 法的・信頼の問題:加入者にとって「積立金を裏切られた」という不信感が生じる可能性があります。労働組合連合会(連合)は政府案で厚生年金積立金活用による底上げが見送られたことに言及し、保険料拠出期間延長や国庫負担増などによる議論が必要と訴えていますjtuc-rengo.or.jp。こうした意見は、加入者の保険料が本来の目的以外に使われることへの反発を表しています。
- 財政的負担の先送り・課税懸念:底上げ財源の一部に公費(税金)が投入されるため、将来の税負担増にも繋がります。国民民主党の玉木雄一郎代表は「将来の税負担が組み込まれている。どのような税金を誰に負担してもらうのか、示すべきだ」と指摘しましたnikkansports.com。つまり、厚生年金積立金+税金による充当は、加入者の財政的負担だけでなく、国全体の負担増も伴う点が批判されています。
以上のように、厚生年金加入者側からは「掛け捨て感」や「二重負担」への不満が出ており、財政的・法的な不利益と受け止められています。一方で政府・与党は「ほとんどの加入者の年金は逆に増える」との試算を示し反論していますkhb-tv.co.jpcdp-japan.jp。
財産権(憲法29条)侵害の議論
厚生年金の積立金活用は、法的には国民の財産権(憲法29条)に抵触する可能性が議論されています。憲法29条は「財産権はこれを侵してはならない」と規定しますが、公的年金の給付権も「財産的利益」と解されることがあります。年金財政検証の議論では、「厚生年金積立金の重点活用に伴い、一時的に現役世代の給付が減る可能性がある」点から、財産権侵害の有無について慎重検討を求める声が上がりましたdl.ndl.go.jp。実際、年金給付の減少が「財産権侵害にあたる」との学説的指摘もあります。
ただし、この点は学者間でも意見が分かれています。例えば島村暁代教授(立教大)は、スライド調整終了の時期は当初から確定的でなく、現役世代への負担増はあっても公益上の目的が認められれば合理的な制約として憲法29条違反とまではいえないとの見解を示していますdl.ndl.go.jp。また、層の視点では現役世代の老後の所得保障を強化する目的が重要とされ、制度の持続可能性という公益から考えれば、単なる私益侵害には当たらないとの主張もありますdl.ndl.go.jp。一方で、池田信夫氏(経済学者)らは改正法案が厚生年金加入者の「財産権を侵害する可能性がある」と指摘し、慎重な議論を訴えています。総じて「財産権侵害か否か」は明確に結論が出ておらず、憲法論的にも今後注視が必要です。
投資・会計の観点からの課題
厚生年金積立金は「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」が運用しており、原則として「長期的な観点から安全かつ効率的に運用」することが法律で義務づけられていますgpif.go.jp。実際、厚生年金保険法やGPIF法では、積立金は厚生年金加入者から徴収された貴重な財源であることに留意し、「将来にわたり厚生年金保険事業の安定に資するよう」運用しなければならないと定めていますgpif.go.jp。そのため、制度変更で積立金の使い道が変わる場合、以下のような投資・会計上の懸念があります。
- 積立金の運用方針との整合性:GPIFは年金財政を支える重要資産を運用しており、加入者の利益を守る義務があります。積立金を基礎年金に充当するというのは、いわば「運用しないで給付に充てる」形になるため、GPIFの運用目標(安全・効率的運用)との整合性が問題視されます。法改正で運用益を回す仕組みが変わる場合、その目的や評価基準を再検討する必要があります。
- 透明性・説明責任の強化要請:公的年金基金の運用には高い透明性が求められています。大和総研などの指摘でも「GPIFの運用については民間以上の透明性・説明責任を厳しく求めるべき」dir.co.jpとされています。積立金の使途変更は国民負託にかかわるため、運用方針や給付充当方法の詳細を公開し、批判を恐れずに説明責任を果たすことが不可欠です。現状では年金部会議論の内容も国民に共有されていますが、制度変更に伴う財務フローの透明性確保は重要課題です。
- 財務管理上の問題:年金制度は賦課方式(現役世代の保険料で現受給者を支える)ですが、現役世代が積み立てた一部資金を他に回すことで、会計上「二重負担」や「所得再分配」の透明性が問われます。具体的には、現在の厚生年金加入者が納めた保険料のうち国庫負担分も含めた総額が将来にわたりどのように給付に反映されるのか、積立金残高の減少分を誰がどう負担するのか、制度全体の収支・給付設計を丁寧に説明する必要があります。説明が不十分だと「厚生年金加入者に不明瞭な負担を強いる」との批判が強まるおそれがあります。
以上の点から、積立金の管理・運用や会計上の取り扱いについて、専門家の間でも透明性と整合性の確保が課題とされていますgpif.go.jpdir.co.jp。
政府説明と反対意見
政府(厚労省・与党)は本改正案の説明として、基礎年金の給付水準低下を放置せず、保険料と税による給付基盤強化を図る必要があると主張しています。当初案においては「厚生年金積立金65兆円を1階部分に重点的に活用する」などと説明していましたがjri.co.jp、選挙を控えた政治判断で法案提出時には明記を見送りました。2025年5月20日の衆院本会議で石破首相(当時)は、基礎年金底上げについて「厚生年金の積立金を使うことに『流用』という意見もあり、今回は具体的な仕組みを規定しないこととした」と述べ、4年後の財政検証で対応すると説明しましたnikkan-gendai.comkhb-tv.co.jp。また、同党の田村憲久元厚労相は「条件を満たせば確実に実行する形だ」と修正合意の意義を強調していますsp.m.jiji.com。
一方、野党や労働組合、識者からは批判が相次いでいます。自民党内からも河野太郎氏が「毒入りあんこだ」と述べるなど異論が出る事態となりましたnikkansports.com。立憲民主党の長妻昭氏は元々「年金底上げ案の削除は『あんこの入っていないあんパン』だ」と政府案を厳しく批判しておりkhb-tv.co.jp、修正協議では「年金給付の3割減を防ぐ法案」と理解の浸透を訴えていますsp.m.jiji.com。国民民主党の玉木雄一郎代表も「どの税金を誰に負担してもらうのか示すべきだ」と政府に求めていますnikkansports.com。労働組合連合会(連合)は声明で「基礎年金底上げ策は国民生活に直結する重要課題」であり、積立金活用に加え保険料拠出期間延長や国庫負担の拡充も不可欠と訴えましたjtuc-rengo.or.jp。さらに野党側は「骨抜き法案では若者の年金が最大3割減る」と追及し、安定財源の明示を求めています。こうした反対意見や説明要求は、自助・共助だけに頼らない老後保障の在り方をめぐる政府と国民との認識ギャップを浮き彫りにしています。
参考資料: 内閣府や議会調査会のレポートをはじめ、政府・与党の公式発表mhlw.go.jpsp.m.jiji.com、立憲民主党・連合などの見解cdp-japan.jpjtuc-rengo.or.jp、ならびに各社報道nikkansports.comkhb-tv.co.jpを参照しました。各引用は文中に記載の通りです。
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