空は晴れでも原価は向かい風──航空PLの超入門

みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。
Jindyです。

空は晴れても原価は向かい風──その正体、もう掴みましたか?

航空会社の決算って、売上が伸びた・利益が増えた、だけ見ても「本当の勝ち筋」は見えてきません。実は円相場・燃料・人件費という“三つ巴”が、収益(P/L)を押し上げたり押し下げたりしながら、最終利益を動かしています。この記事では、2025年4–6月期(FY2025 Q1)のANAとJALの決算を素材に、投資・会計視点で「航空PLの読み方」を超入門として噛み砕きます。強い国際需要でANAは営業利益367億円(1Qとして過去2番目)JALはEBIT455億円で前年の倍増・1Q過去最高という力強い出足。まずはこの“事実認識”を土台に、為替・燃油・人件費の三面等価で整理していきます。

読むメリット

  • ふだんのニュースをP/Lの因数分解で読み替えられるようになります(売上=需要×単価×為替、費用=燃油×ヘッジ×効率×人件費、のように分解)。
  • 円高/円安の“善悪”は一枚岩ではない(外貨建て費用は円高で軽くなる一方、外貨建て売上は目減りする)という相反を、実例で腹落ちさせます。ANAは円高と燃油市況の追い風で計画超過、JALは強い国際旅客で増収増益──数字で確かめます。
  • 2025年Q1の注目点(国際旅客の単価・搭乗率、燃油サーチャージのテーブル、ヘッジ比率、賃上げの原価インパクト)を押さえ、今後の通期見通しの“前提の置き方”を自分で検証できるようになります。ANAは資料に燃油・為替ヘッジ進捗の開示あり、JALはサーチャージ前提を明示。ここから「再現性のある読み方」を学びます。

この記事の主張(先に宣言)

  1. 2025年Q1は需要>コストの構図が続き、両社とも“国際”が牽引して増収・高収益化。ただし、円高と燃油安の改善は裏で売上換算の逆風も生むため、手放しの万歳は禁物。ANAは「円高・燃油の追い風+コスト抑制」で計画超過&1Q過去2番目の営業利益、JALはEBIT倍増で1Q最高益と、質の違う“良さ”が出ています。
  2. コスト側では人件費の上昇が“構造的”に続く見通し。短期は円高・燃油で相殺できても、働き方・賃上げは恒常費化するため、運賃設計と機材・路線の最適化(ASKの質)が勝負の分かれ目になります。JALは非航空も伸ばし、ANAは欧州新規路線や貨物の強化も効いており、事業ポートフォリオの違いがP/Lに表れています。

この記事でやること

  • セクション1:売上の三分解(需要×単価×為替)──国際旅客を中心に、どこで稼いだかを具体的に。ANAもJALもQ1は売上5,487億円/4,710億円規模。数字の“作られ方”を紐解きます。
  • セクション2:原価の三分解(燃油×効率×人件費)──燃油市況とヘッジ、整備・外注、人件費の効率化を決算資料で追跡。ANAの円高・燃油寄与で計画差プラスという記述も分解して読みます。
  • セクション3:“三面等価”の実装(通期ガイダンスに落とす)──為替と燃油の感応度、賃上げの固定化、サーチャージ・座席単価の設計を前提に、投資家としてどこを見るかを整理します。

この道筋で、ニュースの“結果”を会計の言葉に翻訳し、次の四半期や通期に自分の前提でつなげるところまで行きます。会計初心者でも大丈夫。必要な用語は都度かみ砕き、図解のように丁寧に進めます。では、PLのドアノックから始めましょう。

売上の三分解(需要 × 単価 × 為替)

まず“売上は何でできているか”を、需要(量)×単価(価格)×為替(円換算)に分けて見ます。2025年4–6月(FY2025 Q1)のトップラインは、ANA:5,487億円(+6.2%)/JAL:4,710億円(+11.1%)。どちらも国際旅客がけん引していますが、伸び方の中身は少し違います。ここでは、(1)量、(2)価格、(3)為替の3レンズで“どこで稼いだか”を丁寧に解像します。

需要(量)— ASK・RPK・搭乗率で「どれだけ運んだか」を測る

“量”はASK(供給座席キロ)とRPK(有償旅客キロ)、そして搭乗率(RPK/ASK)で読み解けます。FY2025 Q1のJALはRPK +13.3%ASK +5.0%と、供給以上に実乗が増えました。単純計算の搭乗率は約83%と高水準(RPK 20,558/ASK 24,817 ≒ 82.8%)。国際の取り込み力がそのまま“量の寄与”になっている構図です。国内も旅行需要の刺激策や販促で押し上がり、国内旅客収入は1,342億円まで積み上がりました。一方でLCCも+25%超と好調(ZIPAIRの米州線など)、量の裾野が広がっているのが今回の特徴です。

ANAも“量”が伸びています。国際はFY25 Q1の収入2062億円まで増え、増分の内訳をみるとASK増 +160億円要因/需要トレンド +20億円要因と、供給拡大を軸に取りこぼしなく積み上げた形です。国内でも搭乗率が68.8%→71.6%に改善し、旅客数も+4.7%。つまり、ANAは「国際の供給拡大+国内の稼働率改善」という二段ロケットで量を確保しました。なお、国際線の地域別でも、北米・アジア/オセアニアのRPK系は堅調、対中は回復鈍化の痕跡が見て取れます(競争環境・地政学の影響)。量の観点だけなら、両社とも“国際で押し、国内で底上げ”がQ1の共通解でした。

まとめると:FY25 Q1のトップラインは「量の勝利」が土台。JALは実需の取り込みで搭乗率主導、ANAは供給拡大の寄与が大きく、国内線がそれを補強しました。ここまでで“どれだけ運んだか”の骨格はつかめます。

単価(価格)— Yield/Unit Revenue とサーチャージの効き

“価格”の代表値はYield(円/RPK)とUnit Revenue(円/ASK)。JALはQ1でURが13.9→14.9と上昇国際旅客収入は1,849億円(+11.4%)に拡大しました。背景には、強い国際需要と高い搭乗率により、席あたりの稼ぎ(UR)が押し上がったことがあります。他方で、シンガポール・ケロシンは前年から▲18.8%と下落し、燃油サーチャージ(FSC)はテーブル低下。JAL自身も「Q2はFSC低下で国際旅客収入が計画未達傾向」とガイダンスしており、“純単価”(FSC除き)の維持・上振れでどこまで相殺できるかが勝負所になります。Q1の時点でも、FSCが弱くてもネットの単価は計画超えという含意が記されており、需給タイト+商品設計(運賃改定)で価格の粘りが確認できました。

ANAの価格面はややマチマチです。国際のUnit Revenue(円/ASK)は概ね横ばいで、プレゼンでも「円高と一部市場での競争激化により国際の単価は計画比弱含み」と明記。一方で国内はUnit Revenue 13.5→14.3Yield 19.6→19.9とじわり改善。ANAは、国際は量(ASK/RPK)で押し、価格は横ばい〜やや逆風、国内は価格で底上げという配合で売上を作りました。ここから読み取れるのは、「価格は需給と為替の綱引き」だということ。需要が強ければURは上がるが、円高やFSC低下が“見かけの単価”を削る──このトレードオフをどう運賃設計で吸収するかが、Q2以降の見どころです。

まとめると:JALは“高搭乗率 × 価格の底堅さ”でURが伸長。ANAは“国際の単価は横ばい〜若干弱め/国内は改善”。価格はFSC(外部要因)と自社の運賃・商品ミックス(内部要因)のせめぎ合いで決まります。

為替(円相場)— 円高は売上に逆風、コストに追い風(“両刃”の基本式)

最後は“為替”。FY25 Q1は平均USD/JPYが153.8→145.2(ANA)/153.7→145.3(JAL)と約5〜6%の円高に振れました。外貨建て売上は円換算で目減りしますから、トップラインには逆風です。実際、ANAは「円高とFSC軟化で国際の単価が計画比弱含み」と説明。一方で外貨建て費用(整備・外注・一部の非燃油コスト)や燃油の外貨分は、円高で軽くなるためコスト側には追い風。JALのブリッジでは為替・市況の“マーケット要因”だけでEBITを+70億円押し上げたと整理されており、“売上マイナス×費用プラス=ネットでプラス”という典型的な両刃の効き方を示しました。さらにANAは燃油・為替ヘッジの方針と進捗を開示しており、「国際の燃油は原則サーチャージで、非燃油の外貨ショートは段階的ヘッジ」という設計で為替の振れをP/Lに入りづらくしているのもポイントです。

一言でいえば:円高=(売上▲)+(費用▼)。Q1は量で売上を伸ばしつつ、円高と燃油安が費用面の追い風になったため、収益全体ではプラスに働きました。ただし“売上の見かけ”は円高で削られやすいため、投資家はUR(円/ASK)やYield(円/RPK)といった“数量・価格の実力”でトレンドを見極めるのがコツです。


ここまでで、FY25 Q1の売上は「量で押し、価格は需給とFSCで差が出て、為替は両刃」という整理になりました。数字を足し引きすると、ANAは5,487億円で前年+6.2%、JALは4,710億円で+11.1%。ただし、この“伸びの質”は企業ごとに違います。JALは高い搭乗率とURの押し上げが効き、ANAは国際の供給拡大+国内の価格改善が主役。ここから先は原価側(燃料・効率・人件費)を重ね合わせて、利益の源泉を三面等価で突き合わせていきます。

原価の三分解(燃油 × 効率 × 人件費)

売上の“作られ方”が分かったら、次は費用です。航空会社の原価はざっくり言うと(A)燃油(+サーチャージ・ヘッジ)(B)効率(機材・整備・外注・リース等の運航コスト)(C)人件費の三つに割って眺めると、どこで“耐風姿勢”を作っているかが見えてきます。FY25 Q1(2025年4–6月)は、燃油市況の低下×円高が総コストに“やさしい”一方、人件費と変動費は運航規模の拡大に応じて増える、という相殺の四半期でした。実際、ANAは営業費用5119億円(+5.2%)の中で燃油1005億円(▲0.2)・整備費▲16億円と“下向き”、一方人件費+42億円・契約費+101億円が“上向き”。営業利益367億円は1Qとして過去2番目という結果に繋がっています。JALも営業費用4354億円(+7.2%)のうち燃油940億円(▲5億円)と抑制が効く一方で、整備+53億円・機材関連+58億円・人件費+78億円が伸長。EBIT455億円(+105.7%)で1Q最高です。ここから先は、三つのレンズで“費用の勝ち筋”を深掘りします。

燃油(市況・サーチャージ・ヘッジ)— 価格下落と円高、そして設計の妙で“P/Lの衝撃”を鈍化

FY25 Q1はドバイ原油68.0USD/bbl(前年85.8)/シンガポール灯油81.4USD/bbl(前年100.2)と前年から約2割下落、USD/JPYも153.8→145.2/145.3円高に振れました。教科書的には「サーチャージ(FSC)は下がりやすいが、素の燃油費は軽くなる」四半期。実測でも、ANAの燃油費は1005億円(▲2億円)JALの燃油費は940億円(▲5億円)とヨコ〜微減です。これ自体は“量が増えても市場要因で相殺”できたことを意味します。さらにANAは“国際の燃油は原則サーチャージで相殺、国内燃油はヘッジ”という方針を明示し、ポストヘッジ感応度も「原油+1USD/bblで年間±2億円」「USD/JPY+1円で年間±3億円」規模と開示。燃油×為替の揺れを、制度設計(FSC)とヘッジで“会計に入りづらく”しているのが強みです。JALもQ1の“マーケット要因(燃油・為替)でEBIT+70億円”と整理し、FSCは低下方向でもネットの単価(FSC除き)は堅調という見方を示しています。結果として、「FSC低下で売上の見かけは削られつつ、費用は軽く、ネットでは利益押し上げ」というQ1の教科書的な動きになりました。投資家の実務的なポイントは二つ。①FSCに頼らない“純単価”の粘り(需給・運賃改定・商品ミックス)を見極めること。②ヘッジ比率と感応度を押さえて、Q2以降の前提(灯油やUSD/JPYの帯)に翻訳すること。ここが読めると、短期の“燃油ショック”に振らされず通期のブリッジを自分で引けるようになります。

効率(機材・整備・外注・リース)— 「座席を増やす」だけが拡大じゃない

“効率”は機材の持ち方(リース料・減価)、運航に付随する費用(空港費・整備・外注=契約費)の総体です。Q1の明暗は、量の拡大に対してどれだけ“単位あたりのコスト”を横ばいに近づけられたか。まずANA空港費+28億円・リース+27億円・減価+20億円・契約費+101億円と、運航規模の増加に沿って伸びていますが、整備費は▲16億円と抑制。会社側は「メンテ需要の減少で整備費が低下、円高で外貨建て費用も軽くなった」と説明し、計画比で営業利益+60億円(うち市場要因+55億円)の上振れに寄与しました。JALは整備+53億円・航空機+58億円・その他変動費+13億円・空港費+25億円と増え、運航の裾野拡大がそのまま費用に現れた四半期。ただし、「マーケット要因+70億円」(灯油安・円高)で全体のコスト増を吸収し、EBITを前年比+233億円まで引き上げています。

ここでの肝は、ASKを増やす=機材・要員・整備を前倒しで積むことになり、短期は“段差”が出る点。ANAは欧米/アジアでの供給拡大と国内の稼働率改善を組み合わせ、整備・外貨費用をうまく平準化。JALはフルサービスに加えLCC(ZIPAIR/Spring)や貨物の活用で収益性の高いASKを積み、単価の目減りを運航効率で相殺しました。「席を増やす」だけではなく、“どの機材で・どの時間帯に・どの路線へ”という質の設計が、空港費や機材費の“割り算”を改善します。四半期資料でUR(円/ASK)とUC(費用/ASK)のギャップを追うと、JALのUR14.9/UC13.9とユニット・スプレッドが拡大しており、効率改善がP/Lに効いたことが確認できます。ANAは契約費やリース・減価の増分を、整備費と外貨費用の軽量化でオフセット“拡大ドライブの歯車合わせ”が巧みです。

人件費(構造コスト化)— 賃上げの“固定化”にどう対応するか

最後は人件費。Q1はANA+42億円、JAL+78億円といずれも増加。要因はベースアップ・手当の見直し・採用再開による人員増・運航規模の拡大に伴う超過勤務や手当などの構造×景気ミックスです。燃油・為替はサイクルで上下しますが、賃上げは基本“下がらない”ため、構造コスト化しやすい。だからこそ、各社はユニット収益(UR)の維持・引上げとユニットコスト(UC)の抑制を同時に走らせる必要があります。実際、JALは「人材投資で増えたが、燃油安と円高で他費目を抑制、全体ではコントロール下」と説明し、“人件費上昇を飲み込みつつ利益倍増”の絵を成立させました。ANAも契約費増や人件費増を、市況と整備費の低下・外貨費用の円高効果で相殺し、営業利益は前年+21%。

もう一歩踏み込むと、人件費の重さは「どの座席で割るか」で見え方が変わるという点が重要です。高密度・長距離・高付加価値の座席(例:新仕様787のCクラス)で割ればUCは相対的に軽く映ります。逆に、低単価・短距離に偏ると人件費の固定化が“重く”見える。FY25 Q1はJALが国際で高搭乗率を維持しURを伸ばしたため、UC上昇(13.7→13.9)を吞み込んでUP(UR−UC)を+0.8に拡大ANAは国際の単価が円高で弱含む一方、国内の単価改善を効かせて人件費の吸収力を補強しました。四半期のガイダンスでも、JALはQ2にFSC低下で収入は計画未達気味としつつ、コスト削減でEBITは計画線とのスタンス。「賃上げの固定化」×「市況は追い風と逆風を往復」の中で、ミックスと運賃設計の巧拙がそのまま人件費吸収力の差になります。投資家は、UR/UC/UPの三点セットを常にチェックしておくと良いでしょう。


まとめると、FY25 Q1の原価は「燃油と為替がやさしく、人件費と変動費は重い」四半期。ANAはヘッジとサーチャージ設計+整備費抑制+円高効果で拡大量の段差を平準化し、計画比+60億円の営業益上振れ。JALは“マーケット+70億円”の追い風と運航効率で、人件費や機材費の増加を上回るEBIT改善を実現しました。次章では、これらを“三面等価”(為替・燃油・人件費)で通期ガイダンスに落とし込む方法を、感応度と前提という投資家のアングルで整理します。

“三面等価”を通期ガイダンスに落とす(為替 × 燃料 × 人件費)

ここまでで、「売上=需要×単価×為替」「費用=燃油×効率×人件費」の“分解の作法”は掴めたはず。ラストはこれを通期ガイダンスに接続します。ポイントはシンプルで、(1)為替は売上に逆風/費用に追い風の“両刃”(2)燃油は“FSC(燃油サーチャージ)低下で売上の見かけを削るが、費用は軽くなる”(3)人件費は構造コストとして固定化、の3点です。FY25(2026年3月期)1Qの会社資料には、両社とも通期の前提(USD/JPY=150、ケロシン=90USD/bbl、ドバイ原油=75USD/bbl)や、市況影響・ヘッジの方針がしっかり書かれています。ここを足場に「自分の前提でつなげる」練習をやってみましょう。

為替の読み方— “売上マイナス × 費用プラス = ネットでどうなる?”

FY25 1Qの平均レートはANA 145.2円/JAL 145.3円。両社とも通期前提(150円)より円高に振れています。円高は原則として外貨建て売上を円換算で目減りさせる一方、外貨建て費用(整備・外注・一部運航費)や燃油の外貨分を軽くするので、P/Lの左右で相反します。この“両刃”は実数でも確認できます。たとえばJALの1Qブリッジでは、市況要因(燃油・為替)でEBIT+70億円と整理。内訳を見ると為替が収入−21億円/費用+90億円(ネット+69億円)と、売上の目減りを費用の軽量化が上回る構図が明確です。さらにQ2はFSC低下で国際旅客収入が計画未達気味でも、コストは計画を下回る想定でEBITは計画線と会社は述べています。“円高(または円安)=即悪(即善)”ではないと腹落ちさせるには、①平均レートが会社前提とどれだけズレたか、②ズレの“売上▲/費用▼”の差引がどう効いているかを、会社資料のブリッジで確認するのが近道です。実務では、UR(円/ASK)やYield(円/RPK)のような“為替に左右されにくい実力指標”も併読して、見かけの売上に惑わされないのがコツ。

チェックリスト
平均USD/JPY:会社前提150円に対して実績・見通しは?(ズレ方向で売上/費用を評価)
ブリッジの“市況要因”:収入と費用の両サイドの為替寄与を必ず見る(JALの「市況+70億」など)。
UR/Yieldの推移:円高で見かけの売上が削られても、単位あたりの稼ぐ力が維持・上昇しているか。

燃油の読み方— “FSCで売上が薄く見えても、費用は軽くなる”を数字でつなぐ

FY25 1Qの市況は、ドバイ原油68USD/bbl(前年比▲20.7%)/ケロシン81.4USD/bbl(▲18.8%)と大幅安。これに円高が重なり、実質の燃油費は軽くなりました。事実、ANAの燃油費は1,005億円(前年比微減)JALは940億円(▲5億円)で、供給や便数が増えても燃油費の増勢は抑え込み。一方で、FSCはテーブル低下により国際旅客収入の見かけを押し下げます。JALは資料で「Q2はFSC低下で国際旅客収入が計画未達傾向だが、コストも計画を下回りEBITは計画線」と明言。ANAはスライドで「国際の単価は円高・FSC影響で弱含み」としつつ、「営業費用は燃油・為替の市況影響で計画比減」を示しています。

投資家の型としては、(a) FSCを除いた“純単価”の粘り(URやイールド)をまず確認し、(b) 燃油・為替の会社“前提”(FY25:原油75/ケロシン90/為替150)に対して現況を上書き、(c) ヘッジの進捗(ANAは燃油ヘッジ30%→20%→10%、為替は外貨ショート20%→10%→5%の目安)P/Lへの入り方が平準化されることを意識する、の順がラクです。“FSCで売上が薄く見える期ほど、費用面は良化”という非対称性があるため、売上だけを追わないのがコツ。最後に、貨物の市況も添えておきましょう。ANAは国際貨物で単価弱含み(為替・他社供給増が要因)、JALは専用機の活用(3機目投入やハノイ–東京新設、米国向けチャーター)で増収。“旅客×貨物×FSC”の三角形で、市況の打ち返し力に差が出ます。

チェックリスト
ケロシン/原油の推移会社前提の差(75/90/150)を毎月アップデート。
FSCテーブルの段UR(FSC除き)の維持力
ヘッジ比率:ANAの進捗スライド(燃油・為替)でP/Lへの“直撃”度合いを見積もる。

人件費の読み方— “固定費化”をミックスと生産性で飲み込めるか

人件費は下がりにくい。FY25 1QでもANA+42億円JAL+78億円と増えています(JALの費目明細ではPersonnel 868→946(億円換算で+78))。この“固定化”を飲み込む王道は二つ。(1) ユニット収益(UR)を上げる(2) 供給と運航効率の設計でユニットコスト(UC)を抑えるJALは実際に、UR 13.9→14.9/UC 13.7→13.9/UP 0.1→0.9ユニット・スプレッドを拡大し、高搭乗率の国際×LCC×非航空(マイル/金融・コマース)の組み合わせで“人件費の段差”を吸収しました。ANAは、国際の単価は円高で弱含む一方、国内は運賃見直しで単価上昇、さらに整備費の減少や外貨費用の円高効果を噛ませて総額では増益

通期の見立てでは、JALがEBIT2,000億円のターゲットを明示し、「Q2はFSC低下で収入は弱めでもコストコントロールでEBITは計画線」と自信を示しています。投資家は、①UR/UC/UPの三点セット、②ASK計画(どこにどの機材を入れるか)、③人件費の増分を“どの座席”で割るか(高付加価値シートや長距離の比重)、の3つのダイヤルを四半期ごとに回すと、“賃上げ固定化 × 市況の波”の中でも、どの会社がミックス設計で勝っているかが見えてきます。最後にガバナンスとしてのヘッドカウント管理・外注活用も忘れずに。ANAは外部委託費が前期比+101億円JALは整備+53/機材+58/人件費+78と、運航拡大に沿って“人+外注+機材”の三本柱を積み上げる局面。効率の微差が、通期のUP(UR−UC)にじわじわ効いてきます。


FY25 1Qの“通期への翻訳”は、次のひと言に尽きます。「円高と燃油安は、売上の見かけを削りながら、費用でそれ以上に返ってくる」JALはUR改善で“人件費の段”を飲み込み、EBIT455億円で1Q最高ANAは円高・燃油・整備費の良化で費用を抑え、営業利益367億円で1Q過去2番目。通期では、JALがEBIT2,000億円の道筋を再確認ANAは前提(原油/ケロシン/為替)とヘッジの組み合わせで“ブレないP/L”を志向。次の四半期も、UR/UC/UPとブリッジの“市況要因”を一本の物差しでチェックしていけば、ニュースの見出しを会計の言葉に翻訳できるはずです。

結論

空の需要が戻り、席は埋まり、見出しは明るい──それでもP/Lは“向かい風の中で操縦”されています。FY25 Q1のANA/JALを材料に、為替・燃料・人件費という“三面等価”で読んでいくと、ニュースの表層が再現可能なロジックに変わるはずです。円高は売上の見かけを削る一方で費用を軽くする。燃油はFSCを通じて単価に波紋を広げつつ、実費は緩む。人件費は下がりにくい固定費として定着するから、UR(単位収益)を伸ばし、UC(単位コスト)を抑え、UP(両者の差)を広げる“設計”が要となる。ここまでを腑分けできれば、次からの決算でやることは明確です。

第一に、UR/UC/UPの三兄弟を必ず横目で追う。数字が良くても悪くても、FSCや為替で見かけが歪んでいないかを点検し、“純単価”の持久力を測ります。第二に、ブリッジ(増減要因)で市場要因(為替・燃油)と自助努力(効率・ミックス)を分離する。両社がどこで勝っているのか、供給の置き方(どの路線にどの機材を、どの時間帯に)まで落とし込むと、単なる「増えた・減った」から一段深く読める。第三に、ヘッジと感応度。会社が置いた前提(為替・灯油)に実勢が寄るのかズレるのか、P/Lに入ってくる“角度”を知れば、短期のブレに振られず通期の見通しを自分の物差しで持てます。

そして投資家としての次の一手は、“質のASK”に注目すること。座席を増やすこと自体は誰でもできるが、長距離×高付加価値シート×高搭乗率という“割り算に強い供給”を積めるかどうかで、人件費の段差を飲み込めるかが決まる。貨物やLCC、非航空の柱がどれだけ利益変動を緩衝しているかも、次の四半期で差が出やすいポイントです。

最後に、この記事のメッセージを一行に凝縮します。「円と燃料は波、賃金は地形。地形に合わせて針路(ミックスと価格)を切る会社が、静かに勝ち続ける」。決算の読み方は難しくありません。UR/UC/UPとブリッジ、そして為替・燃油・人件費の三面を繰り返し当てれば、空の青さに惑わされず、数字の奥にある設計の巧拙が見えてきます。次の決算でも、今日のフレームをそのまま持ち込んでみてください。ニュースが“予習済みの答え合わせ”に変わる体験を、何度でも味わえるはずです。

深掘り:本紹介

もう少しこの内容を深掘りしたい方向けの本を紹介します。

やさしく学ぶ エアライン・ビジネスの世界
航空業界の基礎から、ビジネスモデル・レベニュー管理・マーケまでを一冊で俯瞰。売上の「需要×単価×為替」という分解を、実務の流れに重ねて理解する入門書として最適です。新しめの記述で、最新の旅客需要トレンドにも触れられます。


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航空貨物の最新動向やフォワーダーの役割をコンパクトに整理。旅客サイドだけでなく「貨物×FSC(燃油サーチャージ)」の相関を掴むのに役立ち、航空会社の収益ポートフォリオ理解が深まります。

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IFRS会計基準 外貨建取引と為替ヘッジの会計実務
 外貨建て収支・ヘッジ会計の論点を網羅。円高・円安がP/Lのどこにどう効くか、ヘッジ指定や評価差額の扱いまで“会計の裏側”を押さえられるので、三面等価(円・燃料・人件費)の読み替え精度が上がります。


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それでは、またっ!!

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