罰金だけじゃ終わらない──レピュテーション損と人件費の固定化

みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。
Jindyです。

罰金だけで終わる?“評判×人件費×資本コスト”をあなたの投資に織り込めていますか?

SMBC日興証券の東京本社に掲げられたロゴ。コンプライアンス違反による企業不祥事は、罰金以上に深刻な「隠れたコスト」を企業にもたらします。本記事では、そうした隠れたコストの実態に迫ります。

この記事を読むと、次のようなメリットがあります:

  • 企業不祥事が財務やビジネスに与える影響(罰金以外のコスト評判リスク)を具体的に知ることができます。
  • 投資家の視点から、ガバナンスリスクが株価や企業価値にどう反映されるか理解できます。
  • IFRS(国際会計基準)の観点で、不祥事発生時に企業がどのように引当金計上開示を行うか学べます。

それでは、SMBC日興証券の事件の概要と、その背後に潜む「本当のコスト」を見ていきましょう。

SMBC日興証券の相場操縦事件とその決着

2022年に発覚したSMBC日興証券の相場操縦事件は、日本の金融業界を揺るがす大スキャンダルとなりました。東京地検特捜部の捜査により、同社の幹部社員らが「ブロックオファー」(場外で大口株を投資家に転売する取引)の直前に、株価を意図的に吊り上げていた事実が明らかになったのです。実際、2019年末から2021年春にかけて、引け際に自社で巨額の買い注文を入れて株価を不正に安定させていたと判明しました。この手口により同社は約10億9000万円もの不正な利益を得ていたと裁判所は指摘しています。ちなみに、大口株の売却情報が市場に出ると、投資家の先回り空売りによって株価が下落し、大株主が売却を取りやめるケースもあります。日興の幹部らはそれを防ぐため、自社資金で株価をテコ入れして取引を成立させようとしたわけです。

当然ながら、この行為は金融商品取引法違反(相場操縦)に当たります。捜査の末、2025年7月、東京地裁は元副社長を含む当時の幹部5人全員に有罪判決(執行猶予付きの懲役刑)を言い渡しました。判決では「同社内の順法精神やコンプライアンス意識が欠如、弛緩した風土が違法行為の重要な誘因になった」と厳しく非難され、企業風土としての問題も浮き彫りになりました。市場の公正を守るべき大手証券会社の副社長らが起訴された事件は、市場の信頼を大きく揺るがしたのです。検察側は「繰り返し市場を安定操作した行為は組織ぐるみで歴史的に見ても突出して悪質だ」と指摘し、一方で被告側は「相場操縦には当たらず共謀もない」と真っ向から対立していました。裁判所も最大の争点であった「一連の取引が相場操縦に当たるか」「組織ぐるみの関与があったか」について判断を下し、最終的に“黒”の判決となったわけです。

この事件により、証券市場の仲介者として公正な取引を実現すべき証券会社への信頼は著しく損なわれ、日本の証券市場全体への信頼も大きく傷つける結果となりました。法人としてのSMBC日興証券も責任を免れません。法人として起訴された同社は2023年2月、罰金7億円および追徴金約44億7000万円という極めて重い処分を科されました。これは日本の証券不祥事として異例の厳罰であり、不正取引で得たとされる利益(約10.9億円)の4倍以上に上る巨額のペナルティです。裁判所の判決確定前から、同社はこうした罰金・追徴金相当額(約54億円もの)を引当金として計上しています。なお、IFRS(国際会計基準)ではこのような罰金や賠償金は特別損失として処理できず、通常の営業費用に含める必要があります。そのため、不祥事コストは隠しようがなく、企業の利益率悪化としてストレートに業績に表れることになります。

罰金だけじゃない「隠れたコスト」の正体

巨額の罰金・追徴金は確かに痛手ですが、実はそれだけで終わりではありません。不祥事の発覚後、同社のビジネスは急速に萎縮しました。報道によれば、市場操縦疑惑による信用失墜で直近の年度に約100億円の収益減少が生じ、さらに翌年度にはその倍近い約200億円規模の収益減をもたらす可能性があるとされています。実際に、多くの顧客企業や機関投資家が日興との取引を停止し、同社は四半期ベースで過去最大の赤字に転落しました。特に目立ったのが債券引受業務の落ち込みで、ESG債ブームで活況だった日本の社債市場において、同社の債券引受額は前年同期比で60%も減少する異常事態となりました。これは主要証券5社で最大の減少幅であり、同社のマーケットシェアも半減しています。

こうした機会損失顧客離れによる収益減は、罰金以上に経営を直撃します。不祥事対応のための社内コストも馬鹿になりません。SMBC日興証券は行政処分を受け、2022年末にはブロック取引業務の3ヶ月停止業務改善命令が下されました。これを受けて同社と親会社SMFGはガバナンス改善策を公表し、新たにビジネスリスク管理部門を設置するなど内部統制の強化に乗り出しています。当然、これらには人員再配置追加の人件費が伴います。経験豊富な社員をコンプライアンス部門に振り向けたり、外部専門家を招いたり、研修を強化したりと、コンプラ強化策が恒常的な固定費となって重くのしかかるのです。

さらに、社内士気の低下も無視できません。自社の不祥事に社員は少なからずショックを受け、誇りが傷つけられます。優秀な人材の流出リスクもあり、実際こうした評判問題が原因でトップ人材の採用や定着が難しくなるケースもあるのです。目に見えない人的資本の損失もまた、企業の長期的な成長力を蝕むでしょう。まさに「見えないコスト」と言えます。

また、親会社によるテコ入れも必要でした。信頼回復と財務健全性確保のため、SMBC日興証券には親会社SMFGから2,500億円もの資本増強が実施されています。これは同社自己資本の約30%に相当し、失われた信頼を取り戻すまでの長いリハビリ期間を支えるための「延命措置」と言えるでしょう。この資本注入はグループ全体にとっても大きなコスト(本来他の成長投資に回せた資金の機会費用)です。

さらに、訴訟費用調査費用も見逃せません。5人の幹部が無罪を主張して争った公判は長期化し、その間の弁護士費用や社内調査対応のコストも積み上がりました。内部調査委員会の報告書作成や再発防止策の策定にも相当なリソースが割かれています。それらは直接の金額としては公表されませんが、人件費や機会費用という形でじわじわ企業体力を奪うのです。

このように、法令違反の代償は罰金だけでは済まず、失った信用を取り戻すためのコストが次々と発生します。言い換えれば、コンプライアンスを怠ったツケが後になって何倍にも膨らんで返ってくるのです。

投資家視点:ガバナンスリスクが自己資本コストを上げる

不祥事は企業内部だけでなく、市場からの評価にも直結します。投資家、とりわけ個人投資家にとって、企業のガバナンス(統治)リスクは投資判断の重要なファクターです。SMBC日興証券の事件が報じられた直後、親会社である三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)の株価にも一時的な影響が見られました。過去の例では、野村證券が2012年に起こしたインサイダー取引事件で一部顧客から取引停止を食らい、政府の大型株売出し幹事から外されるなどの打撃を受け、株価が事件発覚から数ヶ月で3割以上も急落しています。市場は企業不祥事に対し即座に反応し、投資家はその企業に対する期待成長率や利益率の見積もりを引き下げるのです。

では、投資家は具体的にどのようにリスクを織り込むのでしょうか?一つの鍵概念が自己資本コスト、平たく言えば「株主が要求するリターン」です。企業のガバナンスに不安がある場合、投資家は「この会社に投資するなら通常より高いリターンが欲しい」と考えます。これは数値上、割引率(期待収益率)の上昇を意味します。割引率が上がれば、将来キャッシュフローの現在価値は小さく算定されるため、結果的に企業の株価や評価額が押し下げられることになります。実際、企業の評判が傷ついた後は株価が低迷する傾向があり、信用不安が資本コストを押し上げていることが示唆されます。

また、評判が傷ついた企業は資金調達面でも不利になります。銀行や債券投資家から見てもリスクが高まったと映れば、借入金利や社債発行金利といった他人資本コストも上昇しかねません。信用格付会社がガバナンス問題を理由に格下げを行えば、調達コストは長期にわたり増大します。例えば前述の野村證券のケースでは、事件後にムーディーズが同社の格付を引き下げています。このように、ガバナンスリスクは株主・債権者双方から企業への要求リターンを高めてしまうため、企業価値の棄損につながるのです。

ガバナンスへの信頼を失った企業は、市場から「リスクプレミアム」という形で罰せられるとも言えます。投資家は株価に「お灸」を据えることで、「しっかりガバナンスを効かせよ」とメッセージを送るのです。

特に昨今はESG投資の潮流もあり、ガバナンスに問題を抱える企業は機関投資家の投資対象から外されがちです。年金基金など大手機関投資家は持続可能な経営ができない企業への出資比率を引き下げ、場合によっては物言う株主(アクティビスト)が経営改革を迫ることもあるでしょう。市場からの信頼を欠けば、そうした追加のプレッシャーが常に付きまとうのです。

裏を返せば、コンプライアンスとガバナンスをしっかり維持することが、資本市場で適正に評価される近道でもあります。不祥事の無い平時には、その価値がなかなか実感できないかもしれません。しかし、ひとたび事件が起これば、健全な企業文化と信頼の重みが痛感されるのです。

おわりに

今回のSMBC日興証券の相場操縦事件は、罰金だけでは測れない大きな教訓を私たちに示しました。「信頼」という目に見えない資産の価値と、それを失ったときの代償の大きさです。企業にとって、コンプライアンス遵守やガバナンス強化にはコストがかかります。しかし、それは将来の不祥事という甚大な損失を防ぐための先行投資とも言えます。もし今回の関係者たちが目先の利益ではなく長期的な信用を選んでいたら、支払うことになったコストの多くは避けられたでしょう。

不祥事後に失墜した信用を取り戻すのは容易ではありません。顧客の信頼、投資家の信頼、社員の誇り——それらを回復するには、年単位の時間と計り知れない労力が必要です。それでも企業が誠実に改善を積み重ね、少しずつ信頼を取り戻していく姿には、ある種の感動すら覚えます。信頼はお金では買えない──不祥事から立ち直った企業の姿は、そのことを私たちに強く教えてくれます。企業も働く私たち個人も、日頃から誠実さと倫理を大切にしていきたいものです。

最後までお読みいただきありがとうございました。今回の事件を他山の石とし、読者の皆さんが今後の投資やビジネスで健全な判断を下す一助になれば幸いです。企業と投資家の双方が信頼で結ばれ、誰もが安心して市場に参加できる——そんな健全な経済環境を築いていくことが、私たちに課せられた宿題かもしれません。信頼という土台の上に築かれる持続的な成長を信じて、これからも企業のあり方を見つめていきましょう。

深掘り:本紹介

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それでは、またっ!!

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