抽象化は逃げじゃない。複雑な現実に補助線を引く技術だ

みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。Jindyです。  

抽象的な話をすると、すぐにこう言われることがあります。

それ、結局なにが言いたいの?
理想論じゃない?
もっと具体的に言ってよ。

たしかに、抽象論だけで煙に巻く人はいます。便利な言葉を並べて、何も決めない人もいる。そこにイラッとする感覚はかなり自然です。

でも、ここで一度立ち止まりたい。

抽象化は、現実から逃げるためのものではありません。むしろ逆です。個別具体が多すぎて、ぐちゃぐちゃで、手に負えない現実を、なんとか扱える形にするための技術です。

このブログを読むと、議論でなぜ話が噛み合わないのかが見えます。会議で誰かが全体最適を語った瞬間に、別の誰かが例外事例をぶつけて場が止まる。SNSで制度や経営の話をした途端、個人の痛みの話にすり替わる。逆に、現場のリアルを語っている人に、抽象論で上からフタをする人もいる。

どちらが悪い、で片づけると薄いです。

問題は、話している抽象度が違うこと。
見ている地図の縮尺が違うこと。

投資や会計も同じです。財務諸表は会社そのものではありません。売上、利益、資産、負債、キャッシュフローという線を引いて、会社という生き物を読み取るための地図にしているだけです。だから便利だし、だから危ない。

この記事では、抽象化を、言葉遊びではなく、現実を読むための道具として見ていきます。読み終わるころには、抽象論にイラつく場面でも、逆に具体論に振り回される場面でも、少し冷静に構造を見られるはずです。

ここ、かなり使えます。

抽象化とは、現実を削ることで現実を扱えるようにする行為

抽象化という言葉には、少し冷たい響きがあります。血の通った現実を、机上の理屈に変えてしまう感じがするからです。

でも本来、抽象化は冷たさではなく、整理の作法です。散らかった部屋で、どこに何があるか分からない状態から、服、本、書類、不要品に分けていく。その分類があるから片づけられる。現実の複雑さも、それと同じです。

具体が多すぎると、人は判断できない

世の中の問題は、だいたい具体的すぎます。

人手不足。
売上未達。
部下が育たない。
投資先の株価が下がった。
家庭と仕事のバランスが崩れた。

一つひとつを見れば事情が違う。人も違う。時期も違う。背景も違う。だから全部をそのまま抱え込むと、脳内がすぐ満員になります。

そこで人間は分類します。

これは構造の問題か。
一時的なノイズか。
仕組みの問題か。
個人のスキルの問題か。
資金繰りの話か。
利益率の話か。

この分類こそ抽象化です。

会計でいえば、会社の活動は本来、もっと泥臭い。営業が走り、現場が作り、経理が締め、顧客が悩み、仕入先が値上げを言ってくる。その全部をそのまま見ても、経営判断はできません。だから売上原価、販管費、営業利益、運転資本、固定資産という箱に分ける。

箱に入れた瞬間、現実の匂いは少し消えます。
でも、比較できるようになる。

ここが抽象化の強さです。

線引きは乱暴だが、線がないと何も決まらない

抽象化には必ず線引きがあります。

どこまでを原価にするか。
どこからを販管費にするか。
研究開発費として落とすのか、ソフトウエア資産として計上するのか。
成長投資なのか、ただの浪費なのか。

線を引くと、必ず境界事例が出ます。これは原価っぽいけど販管費でもある。これは投資っぽいけど、実は撤退できない固定費かもしれない。そういう曖昧なものが出てくる。

だからといって、線引きそのものを否定すると、管理ができません。

全部ケースバイケースです。
全部個別事情があります。
全部人によります。

これを言い続けると、一見やさしく見えます。誰も切り捨てていない感じがする。でも実務では止まります。予算も作れない。評価もできない。投資判断もできない。会議だけが長くなる。

線引きは乱暴です。
でも、線がない世界はもっと乱暴です。

なぜなら、声の大きい人、説明のうまい人、タイミングのいい人が勝つからです。

抽象化は正解ではなく、仮の地図である

ここで勘違いしてはいけないのは、抽象化は正解そのものではない、という点です。

地図は街そのものではありません。駅前のにおいも、坂道のきつさも、夕方の人混みも、地図には入りません。それでも地図があるから目的地に向かえる。

財務諸表も同じです。会社のすべては表せない。社員の疲れ、ブランドへの愛着、顧客の微妙な不満、社内の空気。そういうものは数字に出にくい。でも数字がなければ、投資家は会社を比べられません。

抽象化の仕事は、現実を完全に写すことではない。
進む方向を間違えにくくすることです。

だから抽象化を使う側には、少し謙虚さが要ります。

このモデルで全部わかった、ではない。
このモデルなら、少なくともここまでは見える、です。

この差は大きいです。


抽象化とは、現実を雑に扱うことではありません。現実があまりに複雑だから、いったん持てるサイズに畳むことです。

ただし畳めば、折り目がつきます。
その折り目に、例外や不満や違和感が生まれる。

抽象化の議論は、そこからが本番です。

喧嘩の正体は、抽象と具体のズレにある

議論が荒れるとき、意見が違うように見えて、実は階層が違うだけのことが多いです。

片方は森を見ている。
片方は目の前の木を見ている。
どちらも嘘ではない。

でも、森の話をしている人に、この木の枝は曲がっているじゃないかと言っても噛み合いません。逆に、枝で困っている人に、森全体では問題ないと言えば、かなり冷たく聞こえます。

ここ、落とし穴です。

全体最適は、全員満足ではない

全体最適という言葉は便利ですが、かなり誤解されます。

全体最適とは、全員が完全に満足する状態ではありません。限られた資源の中で、全体としての損失を減らし、成果を最大化する考え方です。そこには、必ず配分があります。優先順位があります。選ばれないものも出ます。

経営で考えると分かりやすいです。

会社が赤字事業を続けるか、撤退するかを決める。そこで、その事業に関わっている人の努力や思い出や顧客との関係をすべて見れば、撤退なんて簡単に言えません。

でも、資本には限りがあります。人にも時間にも限りがあります。赤字事業を守ることで、伸びる事業への投資が止まるなら、会社全体の未来を削っている可能性がある。

ここで、個別の痛みを無視していいわけではないです。
ただ、個別の痛みだけで全体判断を止めると、別の誰かの未来を奪うこともある。

全体最適はきれいごとではありません。
むしろ、かなり苦い意思決定です。

例外はルールを壊すためでなく、ルールの限界を測るためにある

抽象的なルールに対して、例外をぶつけること自体は悪くありません。

むしろ必要です。

このルールだと誰が困るのか。
境界線上の人をどう扱うのか。
救済措置はあるのか。
運用で歪まないか。

こういう問いは、抽象化を鍛えます。

問題は、例外を一つ出しただけで、ルール全体を否定することです。たとえば、企業分析でPERは役に立たないと言う人がいます。たしかに、赤字企業や急成長企業、資産含み益が大きい企業ではPERだけでは危ない。だからといって、PERという指標が無意味になるわけではありません。

PERは万能ではない。
でも、入口にはなる。

会計指標も投資指標も、だいたいそうです。ROE、営業利益率、自己資本比率、フリーキャッシュフロー。どれも例外だらけです。それでも使うのは、現実を一発で当てるためではなく、考える順番を作るためです。

例外は、指標を捨てる理由ではありません。
指標の使い方を慎重にする材料です。

議論の前に、いま何の階層で話しているかを合わせる

多くの口論は、結論の違いではなく、レイヤーの違いから始まります。

理念の話をしているのか。
制度設計の話をしているのか。
現場運用の話をしているのか。
個別救済の話をしているのか。
感情の受け止めの話をしているのか。

ここが混ざると、議論はすぐに変な方向へ行きます。

たとえば、働き方改革の話をしているとします。全体として長時間労働を減らす制度設計の話をしている人がいる。一方で、自分の職場では人が足りず、時短どころではないと感じている人がいる。

どちらも現実です。
でも、同じ机に乗せるには順番が必要です。

まず制度の目的を話す。
次に現場で起きる例外を拾う。
そのうえで運用ルールや補助線を作る。

この順番を飛ばして、いきなり個別の怒りと理念をぶつけると、火花だけが散ります。

SNSではこれが起きやすい。短い文章の中で、背景も前提も省かれるからです。読み手は自分の経験で足りない部分を埋める。結果として、書き手が置いた抽象の地図と、読み手が解凍した具体の現場がズレる。

これで燃えます。
かなり燃えます。


抽象と具体は、敵同士ではありません。

抽象は、全体を見るための目。
具体は、現実に触れるための手。

目だけだと冷たい。
手だけだと迷う。

議論に必要なのは、どちらが正しいかではなく、いまどちらの高さで話しているのかを合わせることです。

言語化は、世界を圧縮する会計処理である

言語化は、思っているより危ない技術です。

言葉にできると、分かった気になります。説明できると、支配できた気になります。でも実際には、言語化した瞬間に、現実のかなりの部分を削っています。

これは会計処理に近いです。

現実の取引を、勘定科目に落とす。複雑な背景を、仕訳にする。そこには便利さがあります。同時に、怖さもある。

言葉は、五感と文脈を一次元に圧縮する

人が経験している現実は、かなり情報量が多いです。

声のトーン。
表情。
空気。
間。
過去の関係。
その日の体調。
場所の雰囲気。
言われた側の記憶。

これを全部、言葉にするのは無理があります。

だから人は圧縮します。

感じが悪かった。
優しかった。
合理的だった。
抽象的だった。
誠実だった。
冷たかった。

便利です。でも、その言葉には圧縮時のクセが入ります。同じ場面を見ても、ある人は合理的と言い、別の人は冷たいと言う。どちらかが嘘をついているとは限らない。解凍の仕方が違うだけです。

投資でも似たことが起きます。

市場は不安定。
決算は強い。
ガイダンスは保守的。
株価は織り込み済み。

こういう言葉は便利ですが、かなり圧縮されています。何が不安定なのか。売上が強いのか、利益率が強いのか。保守的とは会社の癖なのか、本当に需要が弱いのか。織り込み済みと言うが、誰がどこまで織り込んだのか。

言葉を聞いた瞬間に分かった気になる。
ここで止まる人が多いです。

抽象語は、人を動かすが、人をだますこともある

抽象語には力があります。

成長。
改革。
公平。
挑戦。
多様性。
自己責任。
構造改革。
企業価値向上。

どれも強い言葉です。使うだけで、何か立派なことを言っているように聞こえる。けれど、抽象語は中身を入れ替えやすい。

たとえば、企業価値向上という言葉。投資家にとっては資本効率の改善かもしれない。経営者にとっては成長投資かもしれない。社員にとっては賃上げや働きやすさかもしれない。顧客にとっては品質や価格かもしれない。

同じ言葉を使っていても、見ているものが違う。

だから抽象語を使うときは、必ず下に降ろす必要があります。

企業価値向上とは、具体的に何をすることか。
ROICを上げるのか。
不採算事業を整理するのか。
研究開発を増やすのか。
在庫を減らすのか。
価格改定をするのか。
人材に投資するのか。

言葉を数字と行動に接続した瞬間、抽象語は武器になります。逆に、接続しないまま使うと、ただの煙幕です。

この差は大きい。

会計は、抽象化の怖さと美しさを同時に教えてくれる

会計は、抽象化の最高の教材です。

ひとつの取引を、借方と貸方に分ける。事業の流れを、P/L、B/S、C/Fに分解する。将来の期待を、減損や引当や見積りに変える。

めちゃくちゃ抽象的です。

でも、この抽象化があるから、会社は説明責任を果たせます。投資家は比較できます。銀行は融資判断できます。経営者は次の一手を考えられます。

一方で、会計は万能ではありません。

利益は出ているのに現金がない。
資産は大きいのに稼げない。
売上は伸びているのに、在庫も売掛金も膨らんでいる。
営業利益はきれいでも、現場は疲弊している。

数字は嘘をつきにくい。でも、数字だけでは黙っていることも多い。

だから投資家や経営者に必要なのは、抽象化された数字をありがたがることではありません。その数字が何を削り、何を残し、どこに境界線を引いたのかを見ることです。

財務諸表を読むとは、圧縮ファイルを解凍する作業です。

ただ眺めるだけでは足りない。
注記を読み、前年と比べ、競合と比べ、事業構造とつなげる。そうして初めて、数字の奥にある現実が少しずつ立ち上がってくる。

この瞬間が面白いんです。


言語化も会計も、現実をそのまま保存する技術ではありません。現実を扱える形に変換する技術です。

だから、言葉にも数字にも、敬意と疑いの両方を持ったほうがいい。

信じすぎると騙される。
疑いすぎると何も進まない。

その間に、読み解く力があります。

結論

抽象化は、現実から逃げるためのものではありません。

むしろ、現実が重すぎるから、人間が編み出した知恵です。複雑なものに名前をつける。似ているものをまとめる。境界線を引く。例外に悩む。線を引き直す。その繰り返しで、私たちは世界を少しずつ扱えるようにしてきました。

でも、忘れてはいけないことがあります。

抽象化された言葉の外側には、いつも具体的な誰かがいます。
数字の外側には、現場があります。
制度の外側には、境界線上で迷う人がいます。
投資指標の外側には、まだ市場が気づいていない物語があります。

だから、抽象だけで人を切ってはいけない。
具体だけで全体を止めてもいけない。

必要なのは、往復です。

高く上がって全体を見る。
低く降りて現実に触れる。
また上がる。
また降りる。

その往復ができる人は、議論に強いです。経営にも強い。投資にも強い。そしてたぶん、人にも少しやさしくなれる。

抽象化とは、冷たい理屈ではありません。
ばらばらの現実に、なんとか橋を架けようとする行為です。

その橋は完璧ではない。
ときどき狭い。揺れる。渡れない人もいる。

だからこそ、私たちは問い続ける必要があります。

この線引きで、何が見えるようになったのか。
同時に、何を見えなくしてしまったのか。

この問いを持てる人だけが、言葉にも数字にも飲まれず、複雑な世界の中で自分の足場を作っていけるのだと思います。

あわせて読みたい本

1. 『頭のいい人になる 具体・抽象ドリル』権藤 悠

抽象化と具体化を、頭の中だけで終わらせず、実際に鍛えるための一冊です。
この本の良さは、抽象化をセンスや才能の話にしていないところ。情報をどう分解し、どの階層に置き、どこでまとめ直すのかを、ドリル形式で手を動かしながら学べます。

抽象論が苦手な人ほど、実は具体に寄りすぎていることがあります。逆に、話がふわっとする人は、具体に降ろす力が足りない。この本は、その往復運動を鍛えるのにちょうどいいです。

仕事の資料作成、会議での説明、SNSでの発信、投資判断の整理まで、かなり応用が効きます。抽象化を武器にしたいなら、最初の一冊としてかなり相性がいいです。

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2. 『構造化思考のレッスン』荒木博行

頭の中がぐるぐるして、何から考えればいいか分からない。
そんな人に刺さるのがこの本です。

複雑な情報を、マトリクス、ロジックツリー、分類図、フロー図などで見える形にしていく。つまり、抽象化を頭の中だけでなく、目に見える形に変える本です。

このブログで書いた抽象化は、複雑な現実を扱える形に圧縮する技術でした。では、その圧縮をどうやって実務で使うのか。その答えに近いのが構造化です。

会議で何が論点か分からなくなる人、文章が散らかりがちな人、投資先企業の強み・弱みを整理したい人にはかなり向いています。読んだあと、情報を見る目が少し変わります。

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3. 『言語化するための小説思考』小川 哲

言語化は、ただ思ったことを言葉にする作業ではありません。
相手にどう届くかまで設計する作業です。

この本は、小説家の思考を通じて、脳内にあるものをどう言葉に変えるかを解きほぐしてくれます。特に、誰が読むのか、相手は自分のことを知らない、情報をどの順番で渡すのか、という視点は、ブログやSNSを書く人にかなり効きます。

抽象化された言葉は便利です。でも、伝わらなければ意味がない。むしろ、誤解された抽象語は人を遠ざけます。

文章を書く人、発信する人、説明がうまくなりたい人には、かなり実用的です。言葉をきれいにする本というより、読者の頭の中でちゃんと解凍される文章を作るための本です。

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4. 『武器としての図で考える経営』平井孝志

数字と文字だけで経営を考えるのは、思っている以上に難しいです。
なぜなら、経営は線ではなく、構造だからです。

この本は、戦略、マーケティング、組織設計、コストなどを、図を使って考えるための一冊です。抽象化した概念を、図として置き直すことで、見えにくかった関係性が一気に見えるようになります。

投資でも同じです。売上や利益だけを見ていると、会社の構造は見えません。どこで稼ぎ、どこにコストがかかり、どの資産が未来の利益を生むのか。そこまで見えて初めて、数字が物語になります。

会計数字を読むだけでなく、事業の構造まで見たい人にはかなりおすすめです。抽象化を経営や投資の現場に接続したいなら、手元に置いておきたい一冊です。


5. 『ビジネススクール企業分析 ゼロからわかる価値創造の戦略と財務』西山 茂

抽象化を、投資と会計の視点でさらに深めるなら、この本はかなり相性がいいです。

企業価値とは何か。
資本効率とは何か。
なぜ同じ利益を出していても、市場から高く評価される会社と、そうでない会社があるのか。

この本は、高PBR企業を題材に、戦略、ビジネスモデル、経営管理、ガバナンスなどの観点から企業価値を分析していきます。つまり、財務数値という抽象化された情報を、事業の現実に戻して読む本です。

決算書をただ読むだけでは、会社の本質は見えません。
数字を見て、構造を読み、未来の価値に接続する。
その感覚を鍛えたい人には、かなり読み応えがあります。

投資家目線で企業を見たい人、会計を単なる知識で終わらせたくない人におすすめです。


それでは、またっ!!


引用論文・参考文献

  • Eleanor Rosch, Principles of Categorization
    人間のカテゴリー化、プロトタイプ、認知的経済性に関する基礎研究。抽象化を分類と整理の技術として捉える土台にした。
  • Yaacov Trope & Nira Liberman, Construal-Level Theory of Psychological Distance, Psychological Review, 2010
    心理的距離が遠いほど抽象的に、近いほど具体的に捉えやすいという理論。抽象論と個別具体のズレを考える軸にした。
  • Steven T. Piantadosi, Harry Tily, Edward Gibson, The Communicative Function of Ambiguity in Language, Cognition, 2012
    言語の曖昧性は欠陥だけではなく、文脈を使った効率的なコミュニケーションの性質でもあるという研究。
  • H. P. Grice, Logic and Conversation, 1975
    言葉の意味理解には、表面的な語義だけでなく、文脈や会話上の推論が関わるという古典的議論。
  • Herbert A. Simon, Nobel Prize Lecture / Bounded Rationality
    人間の意思決定には情報処理能力や時間の制約があり、完全合理性ではなく限定合理性の中で判断するという考え方。
  • Stanford Encyclopedia of Philosophy, Vagueness
    曖昧な言葉には境界事例が生まれるという議論。線引きと例外の問題を考える参考にした。
  • H. L. A. Hart 関連, Open Texture of Language / Law
    ルールや言語には、事前にすべての事例を確定できない開かれた領域が残るという議論。
  • Horst W. J. Rittel & Melvin M. Webber, Dilemmas in a General Theory of Planning, Policy Sciences, 1973
    社会的・政策的問題は単純な正解に落としにくい wicked problems であるという議論。抽象化の限界を考える参考にした。

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