みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。
Jindyです。
“安さの代償”は資産?それとも費用──あなたならどう仕訳する?
本ブログでは、Temu(Pinduoduo傘下の格安通販)が直面するEUのデジタルサービス法(DSA)と米国INFORM法による制裁・罰則リスクを手掛かりに、「安さ重視」モデルの裏に潜むコストを徹底分析します。具体的には、規制順守のための投資は会計上どう扱うべきか(資産計上か費用化か)、罰金や返品増加が損益計算書に与える影響を解説。さらに、顧客心理という行動経済学的視点から、無料・低価格戦略が生む認知バイアス(ハウスマネー効果)と、それが剥がれたときの売上・解約への影響も探ります。投資家視点でビジネスモデルを評価できるよう、数字や会計基準に基づいた深い考察を提供します。
Temuを襲う規制の二重サンドイッチ

欧州委員会は2025年7月、TemuがEUのデジタルサービス法(DSA)違反の疑いが濃厚だという予備調査結果を発表しました。乳児用玩具や小型家電など不適合商品が「非常に高いリスク」で流通していることが覆面調査で判明し、Temuの市場リスク評価が一般論に頼っていた点も問題視されています。同社は“超格安品”でEU内ユーザー数9200万人を獲得したものの、法規制の目は厳しく、違反確定時は全世界売上高の最大6%相当の罰金と改善命令が科されます。
一方、米国でもTemu(運営元はWhaleco社)が2025年9月、INFORM消費者法違反で当局と和解し、200万ドルの罰金支払いを受諾しました。INFORM法は高額セラーの情報開示や、不審取引通報ルートの明示を定める新法で、FTCはTemuが必要情報の開示を怠り、通報メカニズムも不十分だったと指摘。今回は初の執行例であり、FT C は 「INFORM法違反は重大な結果を招く」と警告しています。
つまり、EU×米国の規制でTemuの無料・格安戦略は逆風に晒されているわけです。EU委員会も「安さばかり訴求するのではなく、安全・安心な消費者体験を最優先に」と釘を刺しています。投資家としては、規制対応の費用とリスクを収益性に折り込む必要があるでしょう。
会計・財務視点で読む是正コストと罰金

規制対応コスト(=プラットフォームの監視強化や品質保証体制の整備費用)は会計上どう扱うべきか。一般に、将来の経済的便益を生む場合は資産計上の要件を満たします。IFRS(国際会計基準)の解釈資料でも、REACH規制の登録費用はEU内で販売可能にする「将来収益を生む効果」を持つため無形資産として認識できるとしています。つまり、新しい安全基準取得や技術的改善投資が将来コストを下げ、販売機会を維持するなら「資産化の余地あり」というわけです。もちろん、社内研究開発と同様に要件厳格。単に法令準拠のための日常的コストは通常、発生時点で費用化されます。
一方、罰金・制裁金は特別損失扱いが想定されます。日本基準では従来、例外的な支出は「特別損失」区分に計上することがありますが、IFRSではIAS第1号改正で「臨時項目」を廃止しており、罰金も通常の損益として認識します。ただし投資家が気にするのは、いずれも利益を圧迫する点です。また、コンプライアンス強化で「返品」や「クレーム引当」が増える可能性も高いです。IFRS15(収益認識)では販売時点で予想返品を見積もり売上修正する必要があるため、返品率が上昇すれば実質売上高も目減りし、返品引当の積み増しで純利益は一段と下押しされるでしょう。
ポイント整理:
- 是正投資は「将来経済的便益」の判断がカギ。法令遵守で新市場開拓やコスト削減効果が見込めるなら、IAS38の無形資産認定が議論されうる。
- 罰金はいずれにせよ特別損失扱い(IFRSでは損益計算書へ)で、投資対象としてのP/Lにはマイナス要素。
- 返品・引当増加により、売上高が不安定化・圧縮されるリスクも注視したい(柔軟返品は購買意欲を高める一方、その緩和は売上に影響)。
行動経済学から見た“無料モデル”の落とし穴

Temuのビジネスモデルは「ほぼ無料配送+超低価格」で消費者にハウスマネー効果を与えていました。つまり消費者心理では“無料分は得したお金”と感じ、リスクの高い買い物も気軽に試し、結果的に返品率が上がる状態です。研究でも、無料発送を打ち出すと「顧客はリスクの高い商品を多めに購入し返送が増える」ことが確認されています。ある調査によれば62%の消費者が「無料返品OKなら再度買う」と答え、逆に返品に費用が発生すると69%が購入を控えるというデータもあります。
しかし規制やコスト増の前では、このバイアスが剥がれます。配送コストを負担させる、返品手続きを厳格化する、商品説明を詳細化する――といった措置により、消費者は「本当にお得か」を再検討するようになります。UI/UX的なギミック(ゲーム化ショッピング)を規制されれば、顧客の興奮も冷めます。返品が容易ではなくなると、かつて「得」と感じていたリターン・プラットフォーム的恩恵も薄れ、購入単価は下がり、解約率が急増してもおかしくありません。まさに「リスクの認知が改まる=ケチな条件では客離れが起きる」の心理です。
逆に自由度の高い返品ポリシーは「購入への自信シグナル」となります。信頼できる返品方針は「買っても大丈夫」という安心感を与え、顧客ロイヤルティを高めます。Temuの先行する米国ECでは、無料返品の導入で注文額が9.2%上昇し返品増加も7.9%に留まったとの実験結果もあります(利益は微増ながら)。つまり、「安かろう悪かろう」ではなく「価格以上の安心」を設計しない限り、長期的な顧客獲得は難しいわけです。
以上を踏まえると、Temuのケースは越境EC全体にとって他山の石と言えます。規制コスト曲線を描くなら、規制度合いが増すほど一時的な投資負担は急増しますが、その先にある市場信頼が持続的な収益をもたらす可能性を想像すべきでしょう。投資家視点では、こうした隠れコストも含めてビジネスモデルの収益性・リスクを再評価することが求められます。


結論:安心を売ることこそが未来を拓く
Temu騒動は、格安戦略だけでは限界が来ることを私たちに気づかせてくれます。欧米の規制当局は「安全・透明性」がモノを言う時代の本気度を示しました。企業は安さだけで消費者を釣るやり方から、安全安心を武器にした長期戦略へとシフトせねばなりません。ここで止まるのではなく、新たな付加価値や信頼に投資し、自社の将来キャッシュフローを守ることが、真に持続可能な発展に繋がります。読者の皆さんが本稿で得た知見──コンプライアンスの「コスト」が実は新たな資産となり得る可能性、そして行動経済学的視点からのマーケティング戦略──が、次のビジネスの一手を考えるヒントになれば幸いです。時代の追い風か逆風かは、安さではなく「安心」を旗印にできるか次第。Temuの教訓を胸に、読者の皆さんも自社ビジネスの未来を力強く切り拓いていってください!
深掘り:本紹介
もう少しこの内容を深掘りしたい方向けの本を紹介します。
しくみ図解 IFRS会計基準のポイント
主要基準のエッセンスを“図解”で素早く把握。収益認識(返品・値引きの見積り)や無形資産、引当の論点が整理されており、是正投資の資産性/費用性を判断する際の初動に最適。
業種別 IFRS国際サステナビリティ開示基準の実務対応
IFRS/ISSBの開示要求(S1/S2)を“業種別”に具体化。プラットフォーム型ECの安全・品質管理コスト、規制順守の方針やマテリアリティの示し方など、投資家が知りたい“再発防止・継続改善”の説明作法を掴めます。
IFRS会計基準2024〈注釈付き〉
IFRS唯一の公式日本語訳。IAS第12号のPillar Two対応やIAS第21号の交換可能性など近年改正も反映。是正投資の資産性判断(IAS38)や罰金・制裁金の表示、返品見積り(IFRS15)の原典を確認する“辞書”。
プラットフォームと権力—How to tame the Monsters
巨大プラットフォームの統治・規律の最新論点を俯瞰。DSA/DMAを含む欧州動向の理解に役立ち、越境ECの“安さ一辺倒”から“安全・透明性”へ舵を切る際の規制哲学・政策背景をつかめます。
ダークパターン—人を欺くデザインの手口と対策
“ディセプティブ・デザイン”の具体例と法規制の視点を日本語で体系化。DSAの執行で問題視されやすいUIの落とし穴を理解し、返品・解約導線の設計を“罰金や解約急増を招かない”水準へ引き上げるヒントが得られます。
それでは、またっ!!

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