観光天井相場──一宿一飯のROAS インバウンド“史上最高”の裏側で:宿泊・小売の会計を解体

みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。
Jindyです。

売上が過去最高でも、利益は本当に増えている?

弱い円×桜・万博の追い風もあって、2025年の訪日客は“月次過去最高”が相次ぐ勢い。3月は単月350万人超で、1–3月累計1,054万人という歴代最速ペース。7月も343.7万人と月間過去最高の7月を更新しました。数字の景色はピカピカです。

ただ、その眩しさの裏側では、ホテルや外食・アパレル小売のP/L(損益計算書)に“見えない応力”がじわじわ溜まっています。ホテルは世界上位圏のRevPARを維持しつつも、直近は稼働が横ばい〜やや鈍化、代わりにADRで押し上げる展開。一方で現場は人件費の上昇、設備更新の減価償却負担、そしてプラットフォーム手数料が確実にのしかかる。限界利益(売上−変動費)をどう守るかが、2025年のリアルな勝負どころです。

小売も同じ。例えばユニクロ運営のファーストリテイリングは、インバウンドの免税売上の追い風を得る一方、円安で仕入原価が上がり粗利率が圧迫、国内の賃上げで販管費率も上昇するという両面ゲームに直面しています。観光マネーで“売上は伸びているのに、利益が思ったほど増えない”現象は珍しくありません。

さらに、需給の強さに乗った価格設定(ADRの引き上げや“ダイナミックプライシング”)には、規制・競争のプレッシャーというカウンターも存在。過度なデータ共有や価格の足並みそろえに対しては当局の目も厳しく、コストインフレの現実は容赦なく利益を削ります。だからこそ「KPIをP/Lに正確に翻訳して、どこで利益が生まれ、どこで漏れているか」を現場と投資家が共通言語で理解することが不可欠です。

本記事のポイントは3つです。

  1. ホテルREITの開示を材料に、ADR/RevPAR×稼働率というKPIをP/L(売上・粗利・限界利益)へ地図化する。
  2. 減価償却と人件費インフレの板挟みでも、限界利益を守る“3つの実務レバー”(価格、ミックス、工数)を現場目線で整理する。
  3. 外食・小売のKPI(客数×客単価×回転)を会計に落とす変換レシピを公開し、投資家はどこを見れば“決算の地合い”が読めるのかを示す。

難解な数式は使いません。グラフアプリを開かなくても、そのまま会議に持ち込める“使える会計の翻訳”に仕上げます。読み終えるころには、ホテルも外食も「KPIをいじれば、P/Lがこう動く」が直感で描けるはず。現場の意思決定も、投資判断も、きょうから変わります。

ホテルREITに学ぶ──KPIからP/Lへの変換

宿泊業界を会計的に理解するうえで、最も分かりやすい教材が「ホテルREITの開示資料」です。投資家向けに数値が整理されているため、現場のKPI(宿泊単価や稼働率)が、どう損益計算書に落とし込まれるかを追体験できます。ここでは、実際にREITが公表する数字をベースに、“ADR/RevPAR × 稼働率”という業界言葉を、P/L(売上・粗利・限界利益)の言葉へ翻訳してみましょう。

ADR(平均客室単価)──トップラインを押し上げるレバー

ADRは「1室あたりの売上単価」。観光需要が強ければ、ホテルは価格を引き上げることで即座に売上を伸ばせます。2025年の東京・大阪はインバウンド好調を背景に、5つ星から中堅まで幅広くADRが上昇傾向。REITの決算を見ると、前年比+10〜15%といった伸びを記録する物件も珍しくありません。

しかし、ADRの引き上げは「売上拡大」とイコールではありません。たとえば同じ建物で稼働率が落ちれば、固定費を薄める力が弱まり、粗利率は頭打ちになります。特にシティホテルは設備・人員を維持するコストが大きく、ADR上昇分がそのまま利益に直結しないのが現実。つまり、ADRは“トップラインを押し上げるが、利益貢献度は稼働率とセットで見ないと危うい”というのがポイントです。

RevPAR(客室売上効率)──P/Lを地図化する指標

RevPARは「稼働率 × ADR」で求められる指標で、ホテルの売上効率を一言で表す便利なKPIです。REITの開示では、RevPARがそのまま営業収益のトレンドと連動することが確認できます。たとえば稼働率90%×ADR15,000円であればRevPARは13,500円。この水準が続けば、客室ごとの粗利が積み上がるのはイメージしやすいでしょう。

ここで重要なのは、RevPARは「売上の翻訳」には強いものの、「利益の翻訳」には不十分という点です。なぜなら、P/Lには減価償却、人件費、光熱費といった“非変動費”がのしかかるからです。RevPARが改善しても、電気代や清掃委託費が跳ね上がれば、限界利益率はむしろ下がるケースもあります。したがって投資家がREITを分析する際は、RevPARの増減を追うだけでなく、それが営業利益率にどう反映されているかを必ずセットで読む必要があります。

稼働率の微妙な波──限界利益の揺れ動き

稼働率は“稼ぐ装置を何%稼働させられたか”という指標。固定費が重いホテル業界においては、稼働率の上下が限界利益に直結します。たとえば稼働が90%から85%に落ちただけでも、固定費を吸収する力は大きく低下し、営業利益率が数ポイント吹き飛ぶこともあります。

2025年は、コロナ後の急回復から一巡し、地方都市では稼働が頭打ち傾向。インバウンド需要は強い一方で、国内客の伸び悩みや供給増加がじわり影響しているのです。REITの決算資料を読み込むと、「ADRは前年を上回ったが、稼働が数ポイント落ちて、営業利益率は横ばい」というコメントが並ぶのが典型例。この事実は、「売上が増えても、稼働率の数ポイント低下が利益を削る」という構造をはっきり示しています。


つまり、ホテルREITが見せてくれるのは「KPIは数字遊びではなく、P/Lを地図化する羅針盤だ」ということ。投資家にとっては決算の手がかりに、現場にとっては経営判断の“翻訳機”として機能します。ここを理解すると、「RevPARが伸びているから安心」ではなく、「限界利益を守れているか?」と一歩踏み込んだ視点を持てるようになるのです。

減価償却と人件費インフレ──限界利益を守る“3つの実務レバー”

ホテルや外食、小売に共通する課題が「固定費と変動費の狭間で、どう限界利益を死守するか」です。特に2025年のいま、減価償却の増加と人件費インフレが同時進行しており、利益構造は想像以上にシビアになっています。このセクションでは、それでも利益を残すために現場が使える“3つの実務レバー”を会計の視点から整理してみましょう。

価格レバー──「売上総利益」を厚くする攻めの手段

まずは王道の「価格調整」。ホテルならADRの引き上げ、外食ならメニュー価格の改定、小売なら値上げやまとめ売り施策が該当します。

ただし、単純な値上げは需要を削ぐリスクも高い。そこで現場が注目しているのは「需要に応じた価格変動=ダイナミックプライシング」です。ホテルでは曜日・イベント・客層によって細かく料金を調整する仕組みが一般化。外食ではランチとディナーの価格差、限定メニューによる単価引き上げが実務的な打ち手になります。

会計的には、価格調整の効果は「売上総利益(粗利)」に直結。原価率が一定なら、価格を1%上げれば粗利もほぼ同じ比率で改善します。つまり、価格レバーは最も即効性があり、粗利を厚くできる攻めの手段と言えます。

ミックスレバー──「売れる商品・部屋」を変えて収益率を最適化

次に重要なのが「売れ筋の組み合わせ=ミックス調整」です。ホテルならシングルとスイートの比率、外食ならドリンクやサイドメニューの併売、小売なら高付加価値商品の比率が鍵になります。

たとえばホテルでは、稼働が逼迫している時に「安いプラン」を制限し、高単価の客室を優先的に販売すれば、稼働率が横ばいでもADRが上昇します。外食なら「セット販売」で客単価を引き上げるのが典型。小売なら、免税客にブランドコラボ商品を積極的に訴求することで、同じ購買行動でも粗利率が数ポイント改善するケースがあります。

このレバーは、“売上の総量を変えずに、利益率を底上げできる”のが強み。営業現場の裁量次第で成果が出やすい一方、短期的に数字が見えにくいので投資家が見落としやすい領域でもあります。

工数レバー──「人件費と時間」の最適化で利益を守る

最後は「工数レバー」。2025年の日本では人件費の上昇が止まらず、ホテル・外食・小売の現場を直撃しています。最低賃金の引き上げ、深夜労働の割増、外国人スタッフ確保のための待遇改善など、人件費の上振れ要因は枚挙にいとまがありません。

この状況で限界利益を守るには、単なる人員削減ではなく、「工数の再配分」が重要になります。ホテルなら清掃のアウトソース比率を調整、外食ならモバイルオーダー導入で接客工数を削減、小売ならセルフレジでスタッフの配置転換を図る。こうした打ち手は一見地味ですが、会計的には「販管費率の低下」としてP/Lに確実に効いてきます。

実際、REITや上場外食チェーンの決算説明資料には「人件費率が前年同期比+1〜2ポイント」という表現が頻出しています。この数字が1%でも改善できれば、営業利益率はそのまま跳ね返るのです。つまり、工数レバーは“守りながら利益を残す”最後の砦と言えます。


この3つのレバー(価格・ミックス・工数)を組み合わせることで、減価償却や人件費の増加という逆風の中でも限界利益を確保できます。重要なのは、単独での打ち手ではなく、「価格で攻め、ミックスで効率を高め、工数で守る」という三位一体の運用です。ここを意識できるかどうかが、2025年の収益維持の分水嶺になるでしょう。

外食・小売のKPI──客数×客単価×回転を会計に落とす

外食や小売業もまた、インバウンド需要の波に乗りながら利益確保に苦心しています。ホテルと同様に、現場で使われるKPIをそのまま会計用語に変換してみると、どこで利益が生まれ、どこで漏れているのかが見えてきます。代表的なのが 「客数 × 客単価 × 回転数」という公式。いかにも現場的な数式ですが、これをP/Lにマッピングすると、投資家目線でも「どの打ち手が利益に効くのか」が直感的に理解できるようになります。

客数──売上高のボリュームを決める

外食で最もシンプルなドライバーが「客数」です。来店者数が増えれば売上は伸びる。2025年のインバウンド環境では、都市型レストランやドラッグストア、小売旗艦店がまさにその恩恵を受けています。

ただし、客数は変動費の増加も伴うため、限界利益の伸びは比例しません。例えば、外食チェーンなら材料費・光熱費・調理工数、小売なら仕入原価や販売員工数が追加発生します。つまり、客数はトップラインの牽引力はあるが、利益率の改善には直結しにくいのです。投資家は「客数増=売上増=利益増」と単純に考えず、同時に原価率や人件費率の変化も確認すべきでしょう。

客単価──粗利率を厚くする伸びしろ

次のレバーが「客単価」。飲食ならメニュー価格やセット販売、小売なら高付加価値商品の購入がこれに該当します。

会計的に見ると、客単価の引き上げは粗利率に直結します。例えば、同じ人数が来店しても、客単価が1割増えれば粗利もほぼ同じ比率で増える。さらに、売上総利益を押し上げながら販管費率を薄める効果もあるため、営業利益率全体の改善に大きく寄与します。

実際、ファーストリテイリングの決算でも「インバウンド客の単価が国内平均より高い」ことが報告されており、免税売上が粗利改善の要因になっています。これは、「客単価の向上は限界利益を厚くする王道の打ち手」であることを裏付けています。

回転数──固定費を吸収する隠れた武器

最後に「回転数」。外食なら同じ席で一日に何度入れ替えできるか、小売なら店舗あたりの購買回数や来店頻度が該当します。

この指標の会計的な意味は「固定費の吸収効率」です。たとえば家賃や人件費は客数や客単価に関わらず一定額が発生します。しかし、同じ店舗で1日3回転から4回転に改善できれば、売上総額が増え、固定費率が薄まります。結果として営業利益率が改善するわけです。

外食チェーンの決算資料では「ピーク時間帯の回転効率改善」がしばしば言及されます。つまり、回転数は見落とされがちだが、固定費の高い都市型業態では利益構造を大きく変える隠れた武器になるのです。


結局のところ、「客数 × 客単価 × 回転数」という現場的な公式は、そのままP/Lのストーリーに置き換えられます。客数は売上のボリューム、客単価は粗利率、回転数は固定費吸収力。この三つをセットで理解すれば、「決算の数字がなぜ動いたのか」が直感的に分かるのです。

インバウンド特需の輝きは確かにある。しかし、それを利益に転換できるかどうかは、この三つのレバーをどう組み合わせるかにかかっています。

結論:インバウンドの光と影を越えて──“利益翻訳”の未来図

2025年、日本の観光・外食・小売は、世界からの追い風に包まれています。観光庁が発表する訪日客数は月次で過去最高を繰り返し、街はかつてないほどの多言語、多文化、多国籍の熱気にあふれている。ホテルのADRは高止まり、外食や小売の免税売上も膨らみ、数字だけを見れば「黄金期」に見えます。

しかし、その光の裏側では、会計の現場に刻まれる“影”が確かに存在します。減価償却、人件費インフレ、プラットフォーム手数料。どれも即座に限界利益を削り、営業利益率を押し下げる現実です。売上が過去最高でも、利益はそう簡単に最高を更新しない──これこそが、いまの観光立国ニッポンの逆説です。

この記事で見てきた通り、ホテルREITが示す「ADR/RevPARと稼働率の翻訳」、外食や小売の「客数 × 客単価 × 回転数」という公式は、単なる現場の数字遊びではなく、投資家と経営者をつなぐ共通言語になります。数字を「KPI」として語るだけでは足りず、「それがP/Lにどう跳ね返るのか」を描けるかどうかが、勝敗を分けるのです。

価格レバーで攻め、ミックスレバーで効率を高め、工数レバーで守る。この三位一体の戦略は、どんな企業規模にも応用可能です。そして、投資家にとっても「RevPARが伸びているからOK」「客数が増えているから安心」では不十分で、「限界利益が守られているか?」を問うことが真のリスク管理になります。

未来を見据えると、この“利益翻訳”の重要性はさらに増すでしょう。人口減少と人件費上昇という構造的な課題の中で、日本が観光立国として持続可能であるためには、売上の規模ではなく利益の質に目を向けなければなりません。そのためにこそ、KPIを会計の地図に落とし込む技術が必要なのです。

私たちが今日からできるのは、決算を読むときに「売上の伸び」だけでなく、「その裏で限界利益はどう動いたか」を意識すること。現場の数字と投資家の数字がシンクロすることで、初めて健全な成長ストーリーが描かれます。

インバウンドの熱狂はいつか一巡するかもしれません。しかし、数字の翻訳力を磨いておけば、ブームが過ぎても利益を守れる。“観光天井相場”の先に、本当の成長相場を築けるか──その答えは、KPIと会計をつなぐ我々の目にかかっています。

深掘り:本紹介

もう少しこの内容を深掘りしたい方向けの本を紹介します。

図解即戦力 ホテル業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書
 ホテルの収益構造・運営フロー・最新動向を図解で整理。ADR/RevPARやチャネル管理、オペの勘所まで“現場→会計”の地図が作れます。REITや投資家の基礎固めにも最適。


レベニュー・マネジメントの理論と展開
 管理会計の視点からRMを体系化。価格・在庫・需要予測をどう利益に写像するかを学べます。ホテルのダイナミックプライシングや座席・在庫の配分を、P/Lに落とし込む思考フレームが得られます。


数字でみる観光(2024年度版)
 最新の観光統計とトレンドを1冊で俯瞰。訪日客数・消費・地域別動向など、KPIの“外部前提”を置くための公式データ集として有用。決算や投資メモの根拠資料に。


観光“未”立国~ニッポンの現状~
 インバウンド過去最高という光の裏側を、制度・需要・供給のミスマッチから検討。稼働率の頭打ちや人件費上昇といった“利益の壁”を考える視座が得られます。

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サイゼリヤ元社長が教える 年間客数2億人の経営術
 外食のKPI「客数×客単価×回転」を現場事例で解剖。原価/人件費/オペの最適化による限界利益の守り方が具体的。ホテル以外の小売・外食パートの“実装”に直結します。


それでは、またっ!!

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