ムダには、まだ名前のない利益がある- 儀式・対面・身体性を、会計と投資の目で読み直す

みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。Jindyです。 

会社には、なぜ残っているのか説明しにくいものがある。

朝礼。入社式。送別会。対面の会議。現場を歩くこと。節目に全員で集まること。書類を声に出して確認すること。ベテランの横に若手を座らせること。

画面の上だけで見ると、だいたいムダに見える。

話す内容はメールで送れる。式典は動画で済む。会議はチャットに置き換えられる。移動時間も会場費も削れる。表計算に落とせば、廃止案は簡単に勝つ。

費用は見えるからだ。

一方で、信頼ができた、腹落ちした、空気が切り替わった、質問しやすくなった、事故の芽を先に摘めた、といった成果は見えにくい。数字になりにくく、責任部署も曖昧で、効果が出るまで時間もかかる。

ここに、合理化の落とし穴がある。

会計は、測定できるものを中心に財務諸表へ載せる。ところが企業価値を本当に動かすのは、ブランド、組織文化、現場の勘、信頼関係、学習速度といった、帳簿に載りにくい資産だったりする。

慣習も同じだ。

支出だけは販管費に出るのに、そこから生まれた無形資産はほとんど計上されない。

だから、削る側が有利になる。

投資でも似たことが起きる。四半期利益だけを見れば、研究開発費や教育費を削った会社は一瞬きれいに見える。だが、将来の選択肢まで売って利益を作っているなら、その数字は強さではない。

未来の前借りだ。

ここで厄介なのは、削減効果だけは翌月から数字になることだ。会場費、交通費、拘束時間。成果として報告しやすい。

反対に、失われた雑談から生まれなかった企画や、育たなかった後任者は、損失として認識されない。

起きなかった未来には伝票がない。

だから組織は、見えるムダを削りながら、見えない機会損失を積み上げる。

この記事を読むと、非効率な慣習を感情論で守るのでも、古いからと反射的に捨てるのでもなく、機能とコストに分解して判断できるようになる。

見るべきは三つだ。

その慣習は、何を生んでいるのか。
その利益は、誰に帰属しているのか。
同じ機能を、もっと安く再現できないか。

ムダを疑う目は必要だ。

ただし、本当に怖いのはムダを残すことだけではない。ムダに見えた資産を、価値が分からないまま処分することだ。

儀式は情報ではなく、現実を更新する

入社式で話される内容だけを抜き出せば、メール一通で足りる。

経営方針、社長の挨拶、辞令、注意事項。情報量は多くない。それでも人は会場を用意し、同じ時間に集まり、立ち、拍手し、写真を撮る。

ここで起きているのは、情報伝達ではない。

立場の変更を、本人と周囲が同時に確認する作業だ。

知っていると、みんなが知っているは別物

ゲーム理論には共通知識という考え方がある。

ある事実を全員が知っているだけでは足りない。全員が知っていることを全員が知り、そのことも互いに分かっている。

そこまで認識が重なると、人は協調して動きやすくなる。

マイケル・チェの著書は、結婚式、政治集会、広告などの儀式的な場が、この共通知識を作る装置として働くと論じている。

たとえば、組織変更を社内サイトに掲載しただけでは、読んだ人と読んでいない人が混在する。

新しい責任者も、周囲が本当に認識しているのか分からない。権限は移ったはずなのに、古い上司へ判断が戻る。

一方、全員の前で任命し、前任者から引き継ぎを行えば、誰が責任を持つのかが公になる。

会計システムで言えば、個別端末のデータを直したのではない。マスターデータを更新し、全利用者へ反映させた状態だ。

儀式は、社会のマスター更新である。

この視点に立つと、儀式の合理性は、話された内容の量では測れない。

参加者が新しい状態をどう認識したか。誰が権限を持ち、誰が責任を負うのか。昨日までとは違う関係が始まったことを、周囲が理解したか。

そこまで見なければ、儀式の収益は計算できない。

節目には、感情の決算が必要になる

人間は、日付が変わっただけでは気持ちを切り替えられない。

卒業した。異動した。退職した。家族を失った。

事実は一瞬で確定する。感情は遅れてついてくる。

節目の儀式には、この時間差を埋める働きがある。過去を振り返り、今の状態を確認し、次の役割へ移る。

会社の決算も、単に3月31日で帳簿を切るだけではない。未処理を洗い出し、評価を見直し、翌期へ持ち越すものを確定させる。

人にも、感情の決算がいる。

送別会が毎回必要だとは思わない。形だけの挨拶で疲れる場もある。

それでも、誰かが去った事実を集団で認識し、言えなかった感謝や未処理の感情に区切りをつける機能までゼロとは言い切れない。

ここを省くと、処理は終わったのに終わっていない状態が残る。

帳簿は締まった。補助元帳が合っていない。

そんな感じだ。

人は、記憶を削除して次へ進むわけではない。過去を置く場所を作り、そのうえで新しい役割へ移っていく。

だから節目には、わざわざ立ち止まる。

その立ち止まりが、前進を遅らせているように見えて、実は次へ進む準備になっている。

決まった動作は、不確実性を小さくする

試合前に同じ音楽を聴く。重要な仕事の前に机を整える。葬儀では順番どおりに立ち、頭を下げ、焼香する。

外から見ると、結果に直接関係のない動作ばかりだ。

だが、先が読めない状況で、手順だけは読める。

この予測可能性が人を支える。

2022年の事前登録実験では、不安を誘発された参加者が反復的で決まった動作を行うと、不安が低下する傾向が確認された。ただし、他の活動との差は大きくなく、誰にでも強烈に効く魔法ではない。

この控えめな結果が、むしろ現実的だと思う。

儀式は問題を解決しない。試験前のルーティンは問題を簡単にしないし、安全祈願は設備の点検を代替しない。

それでも、混乱した頭を次の行動へ戻す。

投資家が暴落時に売買ルールを確認するのも似ている。ルールを唱えたから株価が上がるわけではない。だが、恐怖に任せて全部投げる確率は下げられる。

儀式の価値は、未来を当てることではない。

不確実な未来の前で、自分を壊さないことにある。


儀式を評価するとき、何が伝えられたかだけを見てはいけない。

誰の立場が切り替わったか。
何が全員の共通認識になったか。
どんな感情に区切りがついたか。
不確実な場面で、行動を再開できたか。

この残高を確認して、初めて費用対効果が見える。

身体と対面には、暗黙知の配当がある

オンライン会議は便利だ。

移動がない。録画できる。資料を共有しやすい。会議が終われば、すぐ別の仕事へ移れる。

だからこそ、勘違いもしやすい。

画面上で同じ議題を処理できたことと、対面と同じものが生まれたことは別だ。

同じ動きをすると、集団の温度がそろう

人は、同じ場所で歌い、歩き、拍手し、祈り、応援してきた。

火渡り儀礼を調べた研究では、儀礼を行う本人だけでなく、見守る親族や友人の心拍にも同期が観察された。

2025年のブラジルのサッカーファンを対象にした研究でも、試合前儀礼における心拍の同期と感情的一体化の関係が報告されている。

身体が同じリズムに入ると、説明より先に、同じ場にいる感覚が生まれる。

これはオンラインでは完全に再現しにくい。音声の遅延が少しあるだけで、全員で歌うことすら難しい。

画面には顔が並んでいても、呼吸、視線、姿勢、場の緊張までは共有しにくい。

ただし、一体感は善ではない。

同じリズムは協力を生む一方で、異論を言いにくくする。熱狂は仲間を作るが、外部の人を敵にすることもある。

身体性は、人を正しくする装置ではない。

集団の感情を増幅するレバレッジだ。

使い方を誤れば、上昇も下落も大きくなる。

投資でレバレッジをかけると、良い判断も悪い判断も増幅される。集団の一体感も同じだ。

目的が健全で、異論を受け入れる仕組みがあるなら、協力を生む。

目的が歪み、反対意見を排除する集団なら、危うさまで増幅する。

盛り上がっているから正しい。

そこは切り分けなければならない。

若手は説明より、横で盗んで育つ

仕事の知識には、文章にできるものと、できないものがある。

手順書には、申請方法や締切は書ける。だが、数字の違和感をどこで嗅ぎ取るか、会議で誰の沈黙を気にするか、どの異常値から先に潰すかは書きにくい。

暗黙知は、完成した成果物より、作業の途中に宿る。

米国企業のソフトウェア技術者を分析した研究では、同僚の近くで働くことによりコードへのフィードバックが18.3%増え、品質も改善した。

恩恵は在籍期間の短い社員に集中していた。一方で、教える側は短期的な生産量を失う。

ここ、経営者が見誤りやすい。

ベテランだけを見れば、在宅で集中させた方が成果は増えるかもしれない。若手からの質問が減り、作業は進む。短期利益はきれいになる。

だが、質問が消えたのではない。

将来へ繰り延べられただけだ。

育成の負担を削った組織は、数年後に判断できる人が足りなくなる。教育費を節約して利益を出し、人的資本を減損させている。

見た目は黒字。

中身は静かな赤字である。

指導しているベテランの生産性だけを測れば、教える時間はロスに見える。若手の成果だけを測れば、自分で解決できていないように見える。

ところが組織全体で見れば、その間に判断基準が移転している。

問題は、この移転には売上伝票が立たないことだ。

知識を渡した瞬間に利益は計上されない。数年後、教えられた人が自分で事故を防ぎ、次の世代を育てたとき、ようやく効いてくる。

対面での育成は、回収期間の長い投資である。

対面とリモートは、勝ち負けではなく資産配分

対面派とリモート派の議論は、すぐ宗教戦争になる。

だが研究結果は、どちらか一方を選べとは言っていない。

ビデオ会議は、視線を画面へ集中させ、認知の範囲を狭めるため、新しいアイデアの生成を減らすことが示されている。

一方で、出た案を選ぶ作業では明確な不利益が確認されなかった。

Microsoftの6万人超を分析した研究では、全面的なリモート化により、社内のつながりが固定化し、部署をまたぐ橋が減った。

その一方、1,612人を対象にしたランダム化比較試験では、週2日の在宅勤務が評価や昇進を悪化させず、離職率を約3分の1下げた。

答えはかなり地味だ。

一人で深く考える日は家。
関係を作る日は会社。
新しい案を広げるときは対面。
決まった作業を処理するときはオンライン。
若手が詰まりやすい時期は近くに座る。

これは勤務制度の話というより、資産配分の話だ。

現金だけでは増えない。株式だけでは揺れすぎる。目的と時間軸に合わせて組み合わせる。

働く場所も同じである。

出社率を何%にするかから考えると、話がおかしくなる。

どんな仕事を、誰が、どの成長段階で行うのか。そこから必要な場所を決める。

制度が先ではない。

機能が先だ。


対面の価値は、会議の議事録には残りにくい。

終わった後の立ち話。作業中の小さな質問。先輩の画面をのぞいて気づく順番。言葉になる前の違和感。

この配当は少額で、毎日少しずつ支払われる。

だから見落とされる。

そして、配当が止まってから、組織はようやく元本が痩せていたことに気づく。

伝統を守るな。機能を守れ

ここまで読むと、昔からある慣習は残した方がよい、という話に見えるかもしれない。

違う。

歴史が長いことは、価値の証明にならない。市場でも、長く上場しているだけで優良企業になるわけではない。

昔は稼いでいた事業が、今は資本コストを下回っていることもある。

慣習にも減損テストが必要だ。

コストは、本気度を伝えることがある

手間のかかる行為には、簡単にまねできないという特徴がある。

遠方まで会いに行く。節目に全員が時間を空ける。面倒でも現場へ足を運ぶ。

内容だけならメールで済む。それでも時間と労力を使った事実が、相手や集団を軽く扱っていないという信号になる。

ブラジルの宗教共同体を調べた研究では、宗教的コミットメントが高い人ほど公共財ゲームで協力的に振る舞い、共同体内で多くの支援を提供・受領していた。

コストのかかる儀礼が、コミットメントのシグナルとして働く可能性が示されている。

投資の世界でも、言葉より自分の資金を入れているかが見られる。

経営者が成長すると話すだけなのか、自社株を保有し、研究開発へ資金を投じているのか。

コストを負う行動には、口先では作れない情報が含まれる。

ただし、高ければ高いほど尊いわけではない。

不要な長時間労働、強制的な飲み会、意味のない出社は、本気度ではなく服従度を測っているだけかもしれない。

企業が社員へ過大な負担を求め、その負担を愛社精神と呼び始めたら注意した方がいい。

会社への忠誠心と、不合理に耐える能力は別物だ。

負担する人と、利益を得る人を分けて見る

慣習を評価するときは、会社全体という大きな主語を疑った方がいい。

会社の一体感が高まる。
組織の伝統が守られる。
若手のためになる。

便利な言葉だ。

その裏で、誰が会場を準備し、誰が休日を失い、誰が発言できず、誰が評価を得ているのか。

会計で費用配賦を誤ると、儲かっていない部門が黒字に見える。慣習も同じで、利益を受ける人と負担する人が違えば、全体最適に見えても実態は社内補助金だ。

特に、参加を断りにくい立場の人へ負担が寄っている場合は危ない。

集団の結束を理由にした過酷な加入儀礼について、2022年の縦断研究では、過酷さが連帯感を高めるという説明はほとんど支持されなかった。

苦労を共有すれば絆が強くなる。

この物語は魅力的だ。自分が耐えた過去にも意味を与えてくれる。

でも、痛みを与えれば価値が生まれるわけではない。

含み損を長く持ったから、その銘柄が優良株になるわけではないのと同じだ。

自分が苦労した。

だから次の人にも同じ苦労をさせる。

それは伝統の継承ではなく、サンクコストの再生産かもしれない。

過去に払ったコストは戻らない。次の世代へ払わせても、自分の損失は回収できない。

廃止か存続かではなく、機能を再設計する

古い慣習を見つけると、議論は二択になりやすい。

守るか。なくすか。

この二択が雑なのだ。

先に、慣習が生んでいるものを分解する。

共通認識を作っているのか。
感情の区切りを作っているのか。
暗黙知を移しているのか。
関係を作っているのか。
本気度を示しているのか。
単に権力者を気持ちよくしているのか。

機能が分かれば、形は変えられる。

長い朝礼を10分の対話にする。
全員出社を、育成日と企画日に絞る。
強制参加の懇親会を、少人数で選べる場に変える。
豪華な式典を簡素にし、本人同士が言葉を交わす時間を増やす。

会計で言えば、資産を守るために古い設備を永久に使う必要はない。生み出したいキャッシュフローを定義し、より良い設備へ更新すればいい。

守るべきは器ではない。

器が生んでいた機能だ。

ここで使えるのが、慣習の減損テストである。

当初期待していた効果は、今も出ているか。
環境が変わり、価値が低下していないか。
受益者より負担者の方が増えていないか。
別の方法で、同じ成果を安く作れないか。

この問いに答えられない慣習は、伝統ではない。

目的を忘れた固定費だ。


慣習の見直しは、経費削減会議では足りない。

機能を特定する。受益者と負担者を分ける。代替案を比較する。数年後の影響まで見る。

つまり、投資案件の審査と同じである。

目先の支出額だけで決めれば、たいてい間違う。

結論 人は、ムダの中で人になる

効率化は、人を自由にしてきた。

移動を減らし、待ち時間をなくし、面倒な手続きを自動化した。これからAIは、さらに多くのムダを消していく。

それは歓迎したい。

人間が、機械でもできる作業に人生を使い続ける必要はない。

ただ、効率化の刃はよく切れる。

よく切れるから、名前のない価値まで一緒に落とす。

同じ場所に集まること。
節目に立ち止まること。
誰かの横で手を動かすこと。
役に立たない話をして笑うこと。
時間を使って、あなたを大事にしていると伝えること。

これらは、最短距離ではない。

それでも人は、最短距離だけでは他人とつながれない。

会計は、過去を数字で締める仕事だ。投資は、まだ数字になっていない未来へ資金を置く仕事である。

慣習を見るときには、その両方の目がいる。

過去の惰性を疑う冷静さ。
まだ測れない未来を信じる想像力。

残すべきものを、昔からあるという理由で残してはいけない。

同時に、説明できないという理由だけで捨ててもいけない。

言葉になっていない価値を探し、機能を取り出し、今の時代に合う形へ作り直す。

それが、本当の合理化だと思う。

人は、ときどき遠回りをする。

遠回りの途中で、同じ景色を見て、歩幅を合わせ、誰かが遅れていることに気づく。

目的地へ早く着くだけなら、そんな時間はいらない。

でも、誰と着くのかまで考えるなら、話は変わる。

ムダに見えた時間の中に、関係が残る。
儀式の中に、記憶が残る。
身体を共にした時間の中に、言葉にならない信頼が残る。

効率は、時間を節約する。

けれど、節約した時間を誰かと生きるために、私たちはまた少し、非効率になる。

たぶん人間は、その繰り返しでできている。

もっと深く考えたい人へ。おすすめの5冊

ここまで読んで、

非効率に見える行動には、どんな仕組みが隠れているのか。
人はなぜ、合理性だけでは生きられないのか。
組織の暗黙知や文化は、どうすれば次の世代へ渡せるのか。

そんな疑問が残った人へ、理解をもう一段深めてくれる本を5冊紹介します。

すべてを読む必要はありません。

儀式を科学から見たいのか。
文化を相対化したいのか。
職場の知識継承へ応用したいのか。

今の自分に引っかかる一冊から開いてみてください。

1.『RITUAL(リチュアル) 人類を幸福に導く「最古の科学」』ディミトリス・クシガラタス

この記事のテーマを、真正面から掘り下げたい人に最初にすすめたい一冊です。

火渡り、祭礼、祈り、反復動作。

一見すると非合理にしか見えない儀式を、認知人類学者である著者が、心拍やホルモンなどのデータを使って検証していきます。

儀式はなぜ不安を和らげるのか。
なぜ人々を結びつけるのか。
なぜ、ときに過激な行動へ発展するのか。

古い風習をありがたがる本ではありません。

儀式を、秩序や信頼を生み出す社会技術として分析しているところが面白い。

この記事を読んで、ムダに見えるものの貸借対照表をもっと細かく見たくなった人には、かなり相性のいい一冊です。


2.『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』箕曲在弘

自分にとって普通のことは、本当に普通なのか。

家族、国籍、宗教、働き方。私たちは、育ってきた環境のルールを、いつの間にか世界共通のルールだと思い込んでいます。

この本は、その思い込みを文化人類学の視点から、丁寧にほぐしてくれる入門書です。

職場でも、慣習を巡る議論は簡単に対立します。

古い人は分かっていない。
若い人は経験が足りない。
うちの業界ではこれが普通だ。

こうした言葉の裏には、自分の常識を唯一の評価基準にしてしまう危うさがあります。

文章は比較的入りやすく、文化人類学に初めて触れる人にも向いています。

正しい答えを増やすというより、自分が無意識に置いていた前提を発見する本です。会議で他人の意見にイラッとした経験がある人ほど、刺さる部分があると思います。


3.『文化はいかに情動をつくるのか――人と人のあいだの心理学』バチャ・メスキータ

喜び、怒り、悲しみといった感情は、誰にとっても同じもの。

私たちは、なんとなくそう思っています。

ところが本書は、感情の感じ方や表し方は、個人の内側だけで完結せず、周囲の人間関係や文化との間で作られると説明します。

同じ言葉を聞いても、人によって受け取り方が違う。
同じ場にいても、盛り上がる人と居心地の悪い人がいる。
ある組織では美徳とされる態度が、別の組織では冷淡に映る。

その背景が見えてきます。

儀式やリアルの集まりが人の感情をそろえる一方、同調圧力も生み得るのはなぜか。

この記事で触れた身体性や集団の一体感を、感情の側から読み直せる一冊です。

チームを率いる人だけでなく、他人の反応がどうにも理解できないと感じることがある人にも、見える景色を変えてくれます。


4.『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』野中郁次郎監修・高橋勇人著

ベテランの技術をマニュアルにしたのに、なぜか若手が再現できない。

そんな職場の悩みに、かなり実務的な角度から答える本です。

仕事には、文章だけでは落としきれない情報があります。

手を動かす順番。
視線を向ける場所。
作業の間。
異常に気づいたときの表情。
相手へ声をかけるタイミング。

これらは、手順書にすると抜け落ちやすい。

本書は動画を活用し、現場に埋まっている暗黙知を共有する方法を解説しています。

すべてを言語化すれば、知識継承は解決する。

その発想には限界があります。

この記事で触れた、若手は完成した資料だけでなく、先輩が判断する過程から学んでいるという話を、現場の改善へつなげたい人に向いています。

理論を読んで終わらず、明日の仕事で何を変えるかまで考えたい人に手に取ってほしい一冊です。


5.『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化―遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック

少し骨のある本です。

そのぶん、読み終えた後に残るものも大きい。

人間は頭が良かったから、文化を作れた。

普通はそう考えます。

本書が示すのは、むしろ逆の見方です。

人間が作った文化、慣習、タブー、料理法、集団行動が長い時間をかけて人間の身体や心理へ作用し、現在の私たちを形作ってきた。

文化は、社会の上に後から載せられた飾りではない。

人間そのものを作ってきた。

このスケールで考えると、組織文化や慣習も、単なる社内ルールには見えなくなります。人の判断、協力行動、リスクの取り方を変え、長期的には組織の競争力まで左右する。

投資家の目で見れば、文化は毎年少しずつ複利で効いてくる無形資産です。

簡単には読めません。

でも、効率や合理性という言葉を、人類史の時間軸から一度疑ってみたい人には、時間を使う価値があります。


この記事の内容をそのまま深めたいなら、まずは『RITUAL』。

自分の常識を柔らかく疑うところから始めたいなら、『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』。

職場の人間関係や感情のすれ違いが気になるなら、『文化はいかに情動をつくるのか』。

知識継承や現場改善へすぐ応用したいなら、『暗黙知が伝わる 動画経営』。

人間と文化の関係を根本から考え直したいなら、『文化がヒトを進化させた』。

効率化について考える本は、世の中にたくさんあります。

今回紹介したのは、その反対側にあるものです。

数字にはまだ出ていない。
説明もうまくできない。
それでも確かに、人や組織を動かしている。

そんな見えない資産を発見するための5冊です。

それでは、またっ!!


引用論文・参考文献

  1. Michael Suk-Young Chwe, Rational Ritual: Culture, Coordination, and Common Knowledge, Princeton University Press, 2001.
    儀式や公共的な場が共通知識を形成し、集団の協調を可能にするという理論。
  2. Martin Lang, Jan Krátký, Dimitris Xygalatas, Effects of predictable behavioral patterns on anxiety dynamics, Scientific Reports, 2022.
    反復的で予測可能な動作と不安低減の関係を事前登録実験で検証した研究。
  3. Ivana Konvalinka et al., Synchronized arousal between performers and related spectators in a fire-walking ritual, Proceedings of the National Academy of Sciences, 2011.
    火渡り儀礼の実践者と、見守る親族・友人の生理的同期を調べた研究。
  4. Dimitris Xygalatas et al., Route of fire: Pregame rituals and emotional synchrony among Brazilian football fans, Proceedings of the National Academy of Sciences, 2025.
    サッカーの試合前儀礼における心拍同期と感情的一体化を分析した研究。
  5. Natalia Emanuel, Emma Harrington, Amanda Pallais, The Power of Proximity to Coworkers: Training for Tomorrow or Productivity Today?, NBER Working Paper No.31880, 2023.
    同僚との物理的な近接が若手へのフィードバックや成果品質に及ぼす影響を分析。
  6. Melanie S. Brucks, Jonathan Levav, Virtual communication curbs creative idea generation, Nature, 2022.
    ビデオ会議が認知的な視野を狭め、アイデア生成を減少させる可能性を示した研究。
  7. Longqi Yang et al., The effects of remote work on collaboration among information workers, Nature Human Behaviour, 2022.
    Microsoft社員6万人超のデータを用い、全面リモート化による組織ネットワークの固定化と分断を分析。
  8. Nicholas Bloom, Ruobing Han, James Liang, Hybrid working from home improves retention without damaging performance, Nature, 2024.
    ハイブリッド勤務が業績を損なわず、満足度と定着率を改善することをランダム化比較試験で検証。
  9. Montserrat Soler, Costly signaling, ritual and cooperation: Evidence from Candomblé, an Afro-Brazilian religion, Evolution and Human Behavior, 2012.
    コストのかかる儀礼と、共同体へのコミットメントや協力行動の関係を調査。
  10. Aldo Cimino, Benjamin J. Thomas, Does hazing actually increase group solidarity? Re-examining a classic theory with a modern fraternity, Evolution and Human Behavior, 2022.
    過酷な加入儀礼が集団の連帯感を高めるという仮説を縦断的に検証した研究。

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