知能は頭の外にもある – 世界がうまく動く条件を、私たちは設計できる

みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。Jindyです。

最近、言語の外側にある知能が気になっています。説明できることと、うまくできることは、どうも同じではない。むしろ、全部を言葉で管理しようとした途端に、ぎこちなくなるものがある。

自転車に乗るとき、右に傾いたら何度ハンドルを切るかを、頭の中で読み上げている人はいません。仕事でも、注意事項を追加したのにミスが減らず、画面の並びを変えたら迷いが減ることは想像できます。人間の理解を増やす以外にも、成果へ近づく道はあるわけです。

この記事では、身体や環境が問題解決を担うとはどういうことか、そして、それを経理・経営・投資にどう持ち込めるかを考えます。もっと賢く考えなければ、と自分を追い込む前に、考え続けなくても回る仕組みを見つける。そんな視点です。

ただし、世界が勝手に私たちを幸せにしてくれる、という話にはしません。世界は、ときには驚くほどよく整う。でも、何に向かって整うのか。ここを外すと、便利な発想が危ない思い込みへ変わります。

知能は身体と環境のあいだにも生まれる – 頭の中だけで頑張らなくていい

知能という言葉を聞くと、私たちは脳や、難しい問いに答える能力を思い浮かべます。けれど、問題を解く働きをどこまで含めるかで、見える景色はかなり変わります。

足の形と坂道が、歩く仕事を引き受ける

受動歩行という研究があります。人間の歩き方をすべて細かい命令で再現する代わりに、脚の形や重さの配分、重力を利用する。条件が合えば、制御装置なしで坂を歩く仕組みができるのです。

ColemanとRuinaが報告した二脚の玩具は、重力を動力に坂を下り、止まった姿勢では安定しないのに、歩いているときには安定しました。歩行の仕事の一部を、計算機の命令ではなく、身体と地面の関係が担っています。arxiv.org

え、それを知能と呼んでいいの?

ここは議論のあるところです。脚に意思があるわけでも、玩具が目的を理解しているわけでもありません。ただ、目的に役立つ働きが、頭の中の計算以外から生まれることは確認できます。

万能の歩行でもありません。坂や初期状態などの条件が必要です。注目したいのは、その条件を整えると、毎回の細かい指示を減らせる点。賢い頭を作るだけでなく、頭に頼りすぎない身体を作る。知能の設計は、そこまで広げられます。

ノートも配置も、考える過程の一部になる

ClarkとChalmersは、認知の働きが脳の外へ広がるという「拡張された心」の議論を示しました。紙や道具を操作することを、考え終わった後の作業ではなく、考える過程そのものとして捉える立場です。これは哲学的な提案であり、心の境界について結論が確定したわけではありません。consc.net

たとえば、複雑な予定を全部記憶しようとするより、カレンダーに置いて眺める。数字の関係を頭の中で保持するより、表にして並べ替える。見え方が変わると、それまで気づかなかった関係が見えてくる。

私は、この発想を仕事の設計に使えると思っています。

仮に、請求書のチェック項目があちこちの資料に散らばっていたら、担当者の注意力が毎回必要になります。必要な情報を同じ画面に置けば、照合の負担を減らせるかもしれない。能力の問題に見えたものが、情報の置き場所の問題だったわけです。

もちろん、見やすい画面でも誤ったルールは救えません。道具は、何を載せるか、いつ更新するかまで含めて作る必要があります。外に出せば賢くなる、ではなく、役に立つ形でつなぐと、考え方が変わるのです。

言葉にできない知を、なかったことにしない

経験のある人が、資料を見て何かがおかしいと感じる。まだ原因を説明できないけれど、ある箇所で手が止まる。そんな場面を考えると、説明を完成させる前にも、判断の材料はあるのだと分かります。

ポランニーの暗黙知は、言語化されない知を考えるための入口になります。出版社の紹介でも、日常の知覚や学習だけでなく、科学的な探求に関わる知として位置づけられています。筑摩書房

ここで、ベテランの勘を無条件に信じよう、とは言いたくありません。経験が偏っていれば、違和感も偏る。慣れた処理だから見逃すことだってあるでしょう。

使い方としては、違和感を調査の入口にする。どの勘定、どの取引、どの資料で引っかかったかを残し、他の人も確認できる対象へ落とす。感覚を消さずに、検証へつなぐのです。

最初から立派な説明を求めすぎると、まだ言葉になっていない発見まで引っ込んでしまうかもしれない。逆に、言葉にできないから正しい、も危険です。入口は感覚でもいい。出口には、他の人が確かめられる足場を作りたい。


ここから私が受け取るのは、人間の言語能力を小さく見る発想ではありません。説明する頭、感じ取る身体、情報を置く道具。その役割分担を、もっと自由に考えられるということです。

誰かが忘れたときに叱る前に、忘れないと成立しない仕事になっていないかを見る。人間の弱さを前提にしても機能する設計は、人間への期待を捨てることではない。期待のかけ方を変えることだと思います。

世界は整うけれど、幸せを保証しない – 良い感じには行き先がある

頭の外にも働きがある。そこから、世界そのものに知能が宿っている、と感じるのは自然です。ただ、その感覚を実務に使うなら、整う仕組みと、整った先の価値を分けて考えたい。

粘菌は会議を開かずに、経路を作る

Teroらは、東京圏の都市に対応する位置へ餌を置き、粘菌が作るネットワークを実際の鉄道網と比較しました。輸送の効率、経路を維持するコスト、壊れたときの強さの組み合わせに、似た特徴が見られた研究です。

中央から全体へ命令を出す仕組みがなくても、経路は形成されました。研究では、管の太さと内部の流れが互いに影響する仕組みを、数学モデルでも表しています。math.mit.edu

これは面白い。でも、粘菌が東京の鉄道計画を全部解いた、と読んではいけません。実際の鉄道には土地取得、利用者の需要、運行、法律など、実験で扱っていない条件が山ほどあります。鉄道網のほうが強かった指標もあり、万能の最適解という話ではないのです。math.mit.edu

この例から実務へ持ち帰れるのは、全体を一人が理解し尽くさなくても、局所の反応をうまくつなげれば、役に立つ形が生まれうるという着想です。会議室で描いた完成図以外にも、形の作り方はある。生物の実験を会社へそのまま適用するのではなく、設計の問いを借りるのです。

自己調整と、望ましい結果は別の話

自己調整というと、混乱が収まり、良い状態へ落ち着くイメージがあります。でも、悪い状態が安定することもある。

たとえば、失敗を報告すると強く責められる職場を考えてみましょう。担当者は報告を控える。上には問題が見えなくなる。報告が減ったので、管理する側は順調だと思う。ますます同じ対応を続ける。

これは架空の例ですが、一応、つじつまは合っています。失敗を見えなくする方向へ、皆が適応しているからです。働く人が悪人でなくても、仕組みとしては学習しにくくなる。

ドネラ・メドウズは、システムへ働きかける場所として、情報の流れ、ルール、目的などを挙げています。目の前の結果だけを押しても、結果を生む仕組みが同じなら、元へ戻ることがある。その見方が参考になります。The Donella Meadows Project

だから、良い感じという言葉には、もう一問を添えたい。誰にとって、何をもって良いのか。

部署の利益が増えても、別部署へ負担を押しつけていたら、会社全体ではどうでしょう。今月の処理時間を縮めても、翌月の手戻りが増えるなら、何を改善したのでしょう。行き先を決めずに最適化を喜ぶと、困った状態まで効率よく作れてしまいます。

量子コンピューターの比喩は、どこまで使えるか

世界が無数の関係を通じて同時に調整している。そう見ると、巨大な量子コンピューターのようだという比喩には、独特の魅力があります。一人の頭では抱えられない働きが、世界のあちこちで進んでいるからです。

ただ、物理学の意味での量子計算は、量子状態の重ね合わせ、もつれ、干渉などを利用するものです。並行してたくさんの出来事が起きるだけでは、量子コンピューターとは言えません。IBMの教材も、量子の重ね合わせを、すべての答えを同時に読めるような無制限の並列計算と区別しています。IBM Quantum Learning

この記事で扱った歩行や粘菌の例から、世界全体が量子計算によって人間に都合のよい解を出す、とまでは言えない。その飛躍は止めておきたい。

それでも、比喩の中心にある驚きは残せます。世界は、私たちが逐一説明しなくても動いている。人間がまだ理解していない働きにも、利用できるものがある。

ただし、理解していないことと、因果関係がないことは違います。説明を完成させなくても試せる場合はある。でも、なぜ効いたかを調べる価値は残る。条件が変わっても使えるのかを考えるには、仕組みの理解が助けになるからです。


世界に知能がある、という言い方を私は、問題解決に使える働きが人間の外にも豊かにある、という意味で受け取りたい。世界に人格や善意があると決めつけるより、そのほうが仕事に持ち込みやすい。

必要なのは、世界へ丸投げする度胸ではありません。何を観察し、どこまで任せ、どの変化が出たら介入するかを決める力です。任せられる範囲を見極めることも、人間の知能の仕事なのでしょう。

経営の仕事は、賢い条件を作ること – 指示を増やす前に流れを変える

では、この見方を会社や投資へ移すと、何が変わるのか。以下は研究からの直接の実証結果ではなく、私なりの実務への応用です。とくに、数字を作る側から見ると、条件の設計はかなり具体的な話になります。

注意力へ毎月請求している仕事を見つける

経理の仕事で、入力ミスに注意しましょう、締め切りを守りましょう、と伝える。もちろん必要な場面はあります。ただ、同じ注意を毎月繰り返すなら、誰かの注意力を運転資金のように消費する仕組みになっていないか、一度見たい。

仮に、取引先コードが似た名前で並び、対象月の初期値が前月のままで、提出状況も別の表にあるとします。担当者は一件処理するたびに、複数の前提を思い出さなければならない。

改善案としては、正式名称と識別情報を併記する。対象期間を明示する。入力時に確認できる項目は、その場で確認する。提出状況を同じ場所で共有する。こうした小さな変更を試せます。

ただし、システムが自動判定する項目を増やすほど正しい、とも限りません。例外取引まで止めると、別の手作業が生まれる。警告が多すぎれば読み飛ばされる可能性もある。通常処理を通しやすくし、例外は適切な人へ届く流れが欲しい。

ここで見る成果は、警告の件数でも、導入した機能の数でもない。差し戻し、確認に費やす時間、締め後の修正がどう変わったかです。人の頑張りを褒める前に、頑張りの必要量を測ってみる。管理会計の対象を、そこへ広げられます。

数字は説明するだけでなく、人を動かす

ハイエクは、社会の知識が一か所に集まっておらず、特定の時間や場所を知る人々に分散している点を論じました。価格を通じて、人はすべての事情を知らなくても行動を調整できる、という議論です。市場が常に正しいという証明ではありません。Econlib

会社にも似た問いがあります。本社へあらゆる情報を集め、全部の判断を返すのか。それとも、共通の基準と境界を用意し、現場が動ける範囲を作るのか。

数字を作る側から見ると、KPIは結果の説明であると同時に、人がどこへ努力するかを示す標識でもあります。

架空の例で、各部署に月末在庫の削減だけを求めたらどうなるでしょう。仕入れを翌月へずらし、在庫は減るかもしれない。ところが欠品が増えれば、販売機会を失う。B/Sの在庫だけがきれいでも、商売がよくなったとは言えません。

在庫、欠品、粗利、回収までを見て、どこに負担が移ったかを確かめる必要があります。指標を無限に増やすのではなく、ひとつの数字を達成したときに壊れそうなものを、一緒に見るのです。

自律的に動ける組織ほど、目的と制約の共有が要る。何でも上へ聞く組織から離れるには、何を守って判断するかを、上が先に引き受ける必要があります。

投資では、物語より自己修正の仕組みを見る

投資先を見るときも、この視点は使えそうです。経営者が未来を美しく語れるかに加えて、予想が外れたとき、資金の使い方を変えられる会社かを見る。

たとえば、需要予測が外れて在庫が積み上がる。そこで仕入れや生産を調整できるのか。それとも、売上目標だけを追い、さらに資金を使い続けるのか。利益の見通しだけでなく、在庫や売掛金の増加、営業キャッシュフローの動きへ目を向ける理由がここにあります。

P/Lは黒字でも、回収前の売上や在庫に資金が寄っていれば、自由に使える現金は増えない。これだけで悪い会社とは決められません。成長に必要な先行投資なのか、想定以上に滞留しているのかを、事業の説明と照らす必要があります。

同時に、過去にうまく回った仕組みが、次の環境でも働くとは限らない。需要の変化、調達条件の変化、競争の変化で、以前の得意技が重荷になることも考えられる。

だから、結果の良さだけでなく、変化を拾う仕組みと、判断を修正する余地を見る。確認できない部分は、無理に安心へ変換しない。

世界が勝手に調整するから持っていれば大丈夫、とは言えません。企業が生き残ることと、自分の買値で十分なリターンが得られることも別です。任せるには、任せる相手と条件を調べる仕事が残ります。


私なら改善を試すとき、対象を小さく区切り、変更前の状態を残します。何を変えるか、どの結果を期待するか、何が悪化したら戻すかを決めてから動かす。細かい理屈がまだ足りなくても、比較できる形なら学べます。

改善しても、その変更のおかげとはすぐに断定しない。仕事量や担当者、時期が違っただけかもしれないからです。結果を観察し、可能な範囲で他の条件をそろえ、再び試す。世界に答えてもらうなら、問い方にも少し工夫が必要です。

結論 世界に任せるために、人間が引き受けること

全部を理解してから動く。全部を説明してから認める。そういう姿勢は誠実に見えます。でも、理解が追いつくまで待っていたら、使える働きまで見送ってしまうことがある。

一方で、機能していれば何でもいい、と言い切るのも足りない。目の前の成果のために、誰かへ負担を押しつけていないか。今はうまくても、次に壊れる条件を抱えていないか。機能という言葉の中身を決めるのは、人間です。

私は、言語の外側にある知能を考えるほど、人間の役割が消えるというより、置き場所が変わると感じます。

毎回の動きを指示する場所から、目的を決める場所へ。すべての答えを出す場所から、答えが生まれる条件を整える場所へ。そして、誰も拾っていない損失を拾う場所へ。

うまく回る仕組みは、静かです。毎日だれかが叫ばなくても進むから、その設計の価値は見えにくい。経営者の名演説より、迷わず処理できる一画面のほうが、会社を助ける日もあるでしょう。

明日、同じ注意をもう一度伝えたくなったら、少しだけ手を止めてみる。

その人に、もっと分かってもらう必要があるのか。それとも、分かり続けなくても済むように、世界の側を変えられるのか。

私たちが賢くなる余地は、頭の中だけに残されているわけではないのだと思います。

言葉の外にある働きと、仕組みの設計を考える5冊

1.『暗黙知の次元』マイケル・ポランニー

うまくできるのに、全部は説明できない。この引っかかりを、そのまま考える入口になる本です。言語化されない知を、知覚や学習だけでなく、科学的な探求へつながるものとして扱います。本文で触れた、まだ理由を言えない違和感をどう受け止めるか、という問いを深めたい人向け。ただし、説明できない感覚なら何でも正しい、という免罪符として読むのは避けたいところです。感覚をどう探求へつなぐかに注目すると、熟練者の知識を単純な手順へ置き換える際に、何が抜け落ちるのかも考えやすくなります。5冊の中では、人が持っている知の性質を正面から問う一冊です。


2.『生物から見た世界』ユクスキュル/クリサート

人間が見ている世界を、そのまま全生物の世界と思っていないか。そんな思い込みを揺さぶる古典です。生物ごとに異なる知覚と行動が作る環世界を扱い、同じ場所にいても、何が意味を持つかは違うという視点へ導きます。本文では身体と環境の関係を取り上げましたが、この本は、そもそも環境を誰の側から見ているのかを考える助けになります。会社へ応用するなら、同じ業務画面でも、設計者と利用者では見え方が違うのではないか、という問いにつながるでしょう。生物学の主張をそのまま組織の法則にするためではなく、人間中心の見方をいったん離れたい人に。ほかの4冊とは違う、観察の入口を開く一冊です。


3.『世界はシステムで動く――いま起きていることの本質をつかむ考え方』ドネラ・H・メドウズ

問題が起きるたびに人を替え、注意を増やしているのに、また似た問題が起きる。そんな状況を構造から考えるための本です。目の前の出来事だけでなく、それを生む仕組みや、人が置いている前提を捉えるシステム思考を扱います。本文の、自己調整が悪い状態を維持する場合や、どこへ介入すれば流れが変わるか、という論点に最も近い一冊。経理や管理会計へ持ち込むなら、資産や現金の残高と、それを増減させる流れを結びつけて考える入口にもなります。誰が悪いかを決める前に、何が同じ結果を繰り返し作るのかを見たい人へ。5冊の中では、仕事の改善へつなぎやすい位置にあります。


4.『オートポイエーシス――生命システムとはなにか』H.R.マトゥラーナ/F.J.ヴァレラ

生命を、外から命令を受けて動く装置としてだけ見ることに違和感があるなら、こちらです。自分を産み出すネットワークを再び産み出し続けるという構想から、生命や認知を捉え直します。外部の観察者の説明と、システム自身の成り立ちを分けて考える点で、本文の世界に宿る働きという問いを、さらに深い場所へ運んでくれます。読みやすい実務書というより、前提を揺さぶる理論書。会社は生命体だ、と安易に言い切るために使うより、機械や目的という言葉で何を捉え、何を捉え損ねるのかを考えたい人向けです。5冊の中で最も理論寄りなので、具体例から入りたい人は、ほかの本で足場を作ってから向き合うとよさそうです。


5.『失敗の科学 成長する組織の条件』マシュー・サイド

任せた仕組みが間違ったとき、組織はそこから学べるのか。記事の楽観へ、必要な問いを返してくれる本です。医療、航空、企業、スポーツなどの領域を横断し、失敗を学習につなげる組織と、そこから学べない組織の違いを扱います。本文で示した、失敗を報告しにくい職場や、改善前後を観察して修正するという話を、組織の問題として深めたい人に向いています。個人の注意や努力に寄せすぎると、仕組みを学ぶ機会を失っていないか。そんな視点で読むと、ミスの件数を減らすことと、ミスが見える状態を作ることの違いも考えられます。ほかの4冊が知や世界の捉え方を広げるのに対し、こちらは失敗へ向き合う現場に足場を置く一冊です。


仕事の改善へすぐにつなげたいなら『世界はシステムで動く』から。言葉にならない熟練や違和感が気になるなら『暗黙知の次元』、人間の見方を離れたいなら『生物から見た世界』が入口になります。仕組みが間違ったときの学び方は『失敗の科学』へ。生命と認知の前提まで掘りたいときに、『オートポイエーシス』へ進んでみてください。

それでは、またっ!!


引用論文・参考文献

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