みなさん、おはようございます!こんにちは!こんばんは。Jindyです。
筋トレの理屈を完璧に説明できても、重いものを持てるとは限らない。会計基準をすらすら話せても、締切までに決算を組み上げられるとは限らない。
頭では分かっている。なのに、できない。
反対に、なぜそうしたのかはうまく説明できないけれど、状況に合わせて動ける人もいる。このズレを、単なる口下手や経験の差で片づけるのは、少しもったいない。
この記事では、説明する力と体現する力を分けて考えます。すると、人を見る目も、自分の学び方も、AIに任せる仕事の選び方も変わる。経営者の立派な言葉と、会社が本当にできることを見分ける手がかりにもなります。
知性には、まだ名前のついていない部分がある。そこを見つけるには、言葉の出来栄えから、行動の出来栄えへ、少し視線を移す必要があります。
知性は説明の中に収まらない – 口下手な熟練者が教えてくれること

料理の味見、楽器の演奏、相手との間合い。私たちは、手順を一つずつ文章にしてから行動しているわけではありません。言葉が追いつく前に、もう何かを判断している。
言えることと、できることは別の能力
自転車の乗り方を文章だけで教えるのは、なかなか難しい。重心を調整する、と言われても、その重心がどこにあって、どれくらい動かすのかは分からない。結局、乗って、揺れて、修正することになる。
そこで育つのは、状況の変化に応じて動きを調整する能力です。説明を覚えることと、調整できるようになることは、同じ課題ではない。
ポランニーの暗黙知という考え方は、言語化されない知が日常の知覚や行動、創造的な探求を支える点に光を当てます。何も考えていない、という話ではありません。考えていることのすべてを、本人が文章として取り出せるわけではない、という話です。筑摩書房
職人が材料に触れて違いを見分ける。演奏者が周囲の音を聴いて呼吸を合わせる。こうした一般的な場面では、何に注意を向けるか、いつ動くか、どの程度修正するかが一つに結びついている。
その一部を言葉にできたとしても、言葉を覚えた人が同じことをできるとは限らない。説明は能力を伝える手段ですが、能力そのものを丸ごと運ぶ箱にはなりません。
言語化すると、かえって見失う場合もある
何でも言語化すれば上達する。そんな気がしますよね。仕事では特に、説明できることが理解の証拠として扱われがちです。
ただし、言葉にする効果は、課題や熟練度によって変わります。2014年のフェンシング動作に関する研究では、フランスの成人92人を対象に、見た動作を説明することが、その後の映像の再認にどう影響するかを調べました。
中級者では言語化が再認を妨げ、初心者では助けになるという結果が報告されています。これはフェンシングの実技試験ではなく、動作映像の記憶を調べた実験です。全員に共通する上達法が証明されたわけでもありません。それでも、説明するほど必ず理解が深まる、とは言い切れない例になります。reCAPTCHA
たとえば、演奏の最中に指の角度を全部言葉で確認しようとすると、音を聴く余裕が減るかもしれない。反対に、初心者には短い説明が注意の向け先を与えることもある。
言葉が悪いのではない。いつ、何を、どれくらい言葉にするか。その使い方に技術があるのです。
身体知を持ち出せば、何でも説明できるわけではない
ここで、理屈より身体だ、と飛びつくのも危ないところです。勘で動いて外した人まで、言語を超えた知性の持ち主になってしまう。
身体化された認知を論じたWilsonのレビューは、身体と環境に関わる複数の主張を分けて検討しています。時間に追われる判断と、環境に認知作業を預けることは、同じ話ではありません。身体知という言葉でひとまとめにすると、むしろ何を説明したのか分からなくなる。Springer Nature Link
さらにMahonは、概念を考えるときに感覚や運動の系が活動することから、概念そのものが身体の働きだけで成立すると結論づける推論を批判しています。身体が関わることと、すべてが身体で説明できることは別です。PMC
この記事で扱うのは、知性の正体を一つに決める理論ではありません。説明の試験だけで人の能力を測ると、取りこぼしが起きる、という実務上の問題です。
言語の外側とは、神秘の部屋ではない。言葉だけでは測り切れないが、行動や修正の様子から確かめられる領域。そう置くと、ずっと扱いやすくなります。
説明できない人を、ただちに賢いと評価する必要はありません。ただ、説明できないことだけを理由に、能力がないと判定するのも早い。どちらも、言葉に引っ張られすぎています。
見るべきなのは、条件が変わっても対応できるか、失敗に気づいて修正できるか、他の場面でも力を発揮できるか。その働きぶりから、言葉にまだ収まっていない能力を探すのです。
説明力と実践力の差に仕事がある – 経理の現場は答案だけでは動かない

では、言葉と行動のズレは、仕事のどこに現れるのか。数字を作る側から考えると、決算書にたどり着くまでの工程が、ちょうどよい例になります。ここからの場面は、論点を示すための仮例です。
差異を説明する力と、差異を解消する力
予算と実績に差が出た。報告書には、為替影響、販売数量の減少、一時的な費用増、と書いてある。文章としては自然です。数字の説明にもなっている。
説明が内部で矛盾していないことも、それだけでは十分ではありません。前提となる集計が間違っていても、その前提の上で筋の通った話はつくれる。無矛盾性は説明を点検する条件の一つですが、現実を正しく扱えている保証にはならないのです。
でも、次の決算で同じ問題が起きないように、何を直せばよいのか。それはまだ分かりません。
数量の集計範囲が部署ごとに違うのか。費用の計上時期がずれているのか。そもそも予算の前提が実態に合っていないのか。担当者が入力に迷う画面や、確認が止まる承認経路まで調べると、説明文には出てこなかった原因が見つかることがあります。
会計の仕事には、ルールを知る力に加えて、証拠の所在をたどり、人に確認し、処理の順番を組み、期限までに着地させる力が要る。それぞれ説明できますが、全部説明できれば実行できる、というほど甘くはない。
たとえば同じ差異でも、先に関連部署へ確認したほうが早いものと、元データを整理してから聞くべきものがある。この順番を取り違えると、全員が忙しくなったのに、何も解決していない。会議だけが勤勉に増殖します。
説明の完成と、仕事の完成は違う。その区別をつけないと、きれいな報告書が未解決の問題を包んでしまいます。
四つの状態に分けると、育て方が変わる
説明できるか、実行できるか。この二つを分けると、能力は四つの状態で見られます。
説明も実行もできる人には、後輩の育成や難しい条件での再現を任せられる。説明はできるが実行できない人には、実際の作業と、結果の確認が必要です。資料を読む量を増やすだけでは、足りないかもしれません。
実行できるが説明しにくい人には、行動を一緒に観察する余地がある。何を見ていたか、どこで手を止めたか、なぜその順番にしたか。作業が終わってから、具体的な場面を手がかりに聞く。
両方まだできない人には、基本の説明と、小さく試せる課題を組み合わせる。最初から熟練者と同じ速度を求めても、焦りが増えるだけです。
これは心理学上の診断分類ではなく、この記事で使う整理の枠組みです。同じ人でも、業務や条件が違えば位置は変わる。新人の説明が拙いことと、仕事全体に向いていないことを、直結させないためにも使えます。
説明力と実践力の差分は、誰が優秀かを決める点数ではない。何を学ぶと伸びるかを探る場所です。そこが見えれば、育成の処方箋も変わります。
投資家は、会社の説明と会社の行動を分けて見る
この見方は、企業を見るときにも使えます。顧客重視、現場主義、資本効率。どれも立派な言葉です。ところが、その言葉を掲げた会社が、必ずそう行動するとは限りません。
顧客を大切にすると説明しているなら、苦情が改善に結びつく仕組みはあるか。人材が強みだと言うなら、技能が特定の人に集中したままになっていないか。資本効率を重視するなら、投資を増やす判断だけでなく、見直す判断にも基準が使われているか。
ここからは、この記事の経営・投資への応用です。個人の説明能力と実践能力の区別を、そのまま企業の評価指標として実証した研究がある、という主張ではありません。
決算数値も、行動の跡を読む手がかりになります。利益が伸びたとき、売掛金や棚卸資産がどう動いたか。売上の成長を支える運転資金が増えること自体は、異常ではありません。その増え方が、事業の説明と合っているかを見る。
ただし、数字が良ければ能力が証明された、とも言えない。市況の追い風や一時的な要因で結果が出る場合もあるからです。説明、行動、結果を突き合わせ、時間を置いて確かめる。
経営者の言葉だけでなく、その言葉のために何をやめ、何にお金を使ったか。会社が体現している優先順位は、そちらに現れることがあります。
説明がうまい人ほど危ない、という話ではありません。説明がうまいことを理由に、実行の確認を省いてしまうのが危ないのです。反対に、成果があることを理由に、説明責任まで免除するのも困る。
仕事では、動けることと、他人が確かめられることの両方が必要です。この二つを行き来できる仕組みをつくる。言葉の外側にある能力は、そこで初めて組織の力になります。
名前のない能力を開拓する – AI時代に人間が引き受ける探求

AIが文章を作れるようになると、人間は言葉にならない領域へ行けばよい。魅力的な考え方ですが、そのままでは少し足りません。言語の外側を、固定された避難先として考えないほうがよいのです。
AIも、言葉と行動をつなぎ始めている
AIは説明しかできない。人間には身体がある。だから安心だ。そう言いたくなる気持ちは分かります。ただ、その境界はすでに動いています。
RT-2の研究では、視覚と言語を扱うモデルにロボットの動作データを組み合わせ、観察から行動へつなぐ方法が示されました。OpenVLAも、視覚・言語・行動を結びつけるモデルを公開しています。文章を出力する能力だけを見て、AI全体の限界を決めることはできません。robotics-transformer2.github.io
もちろん、これらは実験で扱われたロボット課題の成果です。人間の責任や価値判断まで同じように扱えると証明したわけではない。現実のあらゆる仕事を安定して任せられる、という話でもありません。
それでも、まだ言葉にしにくい仕事だから永久に自動化されない、とは考えないほうがよい。
人間の仕事を考える軸は、機械が苦手そうなものを探すことだけでは足りません。何をよい結果とするか、誰の事情を含めるか、うまくいかなかったとき何を変えるか。探求の目的や条件を引き受けることも、仕事の中身として見直す必要があります。
新しいラベルは、発見の道具にも思考の停止にもなる
なぜかこの人が入ると、話が進む。なぜかこの担当者は、問題が大きくなる前に気づく。そんな働きを、調整力や先読み力と呼ぶことがあります。
名前がつくと、存在を認識しやすくなる。採用でも育成でも、その能力を探せるようになる。これはラベルの効用です。
でも、調整力が高い、と言ってしまえば、何をしているのか分かった気にもなる。実際には、相手の理解を確かめているのか、論点を減らしているのか、言いにくい情報を先に出しているのか、まったく違う能力かもしれません。
そこで、名前をつけたら終わりにせず、行動へ戻す。具体的な場面を観察し、仮の名前をつけ、条件を変えて確かめる。合わなければ名前を更新する。
たとえば先読み力と呼んでいた能力が、実は確認の頻度を適切に変える技術だったと分かれば、他の人にも試しやすくなる。反対に、情報を独占していただけなら、優秀さの評価を見直す必要がある。
名前は能力を生み出す魔法ではありません。見つけたものを共有するための仮の目印です。目印が役に立たなくなったら、貼り替えてよい。
知性を増やすには、小さく試して、違いを残す
では、明日から何をすればよいか。説明できるのに実行できないことを、一つ選んでみる。分かったつもりを責めるためではなく、どこで止まるのかを見るためです。
会議の進め方を知っているなら、実際に論点を一つ絞る。会計処理を理解しているなら、必要な証拠を集めて処理まで通す。終わったあと、想定と違った箇所を短く記録する。
逆に、いつも何となくできていることは、条件を少し変えてみる。相手が変わるとできないのか。時間が短くなると崩れるのか。道具が変わると判断を誤るのか。そこに、その能力の範囲が見えます。
すべてを長文で説明する必要はありません。作業の見本、途中のメモ、失敗したケースとの比較でも、知を共有できる。『知識創造企業』が扱う個人と組織の知識の関係は、この問題を考える入口になります。東洋経済STORE
職場なら、熟練者の作業を一度だけ見せてもらって終わりにしない。同じ課題を自分でも試し、どこで判断が分かれたかを一緒に見る。手順書の行数を増やすより、一つの分岐点を確かめるほうが役立つ場合もある。
AIには説明案や比較の切り口を出してもらえる。ただし、それで自分の実践まで済んだことにはならない。役に立った助言と、現場で外れた助言を残す。その差分が、次の学習材料になります。
新しい知性のラベルは、未来のどこかから降ってくるだけではありません。誰かが、まだうまく説明できない働きに気づき、試し、他の人と確かめる。その積み重ねの中で、生まれていきます。
人間の仕事がそこへ広がる、という見方は、研究から導かれる唯一の結論ではなく、ここで提案したい立場です。すでに名前のある能力だけを磨く人生から、何を能力と呼ぶかも考える人生へ。開拓する余地は、まだあります。
結論 知性の定義を、完成させない
能力を測るには、名前が必要です。名前があれば、人を採り、仕事を任せ、学習の目標をつくれる。けれど名前が必要なことと、名前のついた能力しか存在しないことは、まったく違います。
帳簿に載るものだけを見て、会社のすべてを理解したつもりにならない。経理の視点から言えば、知性にも似た注意が必要なのだと思います。この比喩は、測れない能力を好き勝手に資産扱いするためのものではありません。今の測り方には、範囲があると忘れないためのものです。
人間の仕事を、AIに奪われない能力の一覧に閉じ込めてしまうと、その一覧の外へ出にくくなる。まだ評価表に載っていない働き、既存の職種ではうまく呼べない貢献に、目を向ける余地を残したい。
誰かが立派な説明をしたら、その人は何を実際に変えられるのかも見る。誰かがうまく説明できなかったら、その人が何を実際にしているのかも見る。
そして自分にも、同じ問いを向けてみる。
うまく言えるようになったことの隣で、まだできないことは何か。できるようになったことの隣で、まだ名前をつけられないことは何か。
知性という言葉を、最終版にしない。その余白を残すことが、次の能力を育てる場所になるはずです。
言葉と実践のあいだを、さらに考えるための5冊
1.『暗黙知の次元』マイケル・ポランニー/高橋勇夫訳
説明できないのに分かる、という現象を、単なる勘で終わらせずに考えたい人へ。言語化されない知が、日常の知覚や行動に加えて、創造的な探求を支えるという問題を扱う本です。この記事の出発点に最も近い一冊ですが、便利な仕事術を並べた本ではありません。知っていることのうち、どれほどを自分で説明できるのか。そんな問いから、人間と科学の関係まで視野が広がります。目次には暗黙知、創発、探求者たちの社会が並び、個人の内側だけで話が終わらない構成も特徴です。熟練を神秘化するためではなく、説明だけでは捉え切れない知の働きを、もう少し丁寧に考える入口として読むと、記事の問いを深められます。
2.『わかりやすい省察的実践 – 実践・学び・研究をつなぐために』三輪建二
知識はあるのに、現場でどう動けばよいか分からない。反対に、うまく対応できたのに、何がよかったのか説明できない。そんな仕事の手触りを、学びにつなげるための入門書です。省察的実践と成人学習を軸に、実践・学び・研究の関係を、事例やコラムを交えて考えます。主な入口は看護、教育、福祉ですが、人と関わりながら判断する仕事には、経理やマネジメントにも通じる問いがあります。この記事で扱った、実際に試し、想定との違いを残し、次の行動を変えるという学び方を深めたい人向けです。経験を積むことと、経験から学ぶことを分けて考えたいときにも接点があります。暗黙知の哲学や企業全体の知識創造とは違い、日々の実践をどう振り返り、学びへつなぐかに焦点を置いて読む一冊です。
3.『知識創造企業(新装版)』野中郁次郎・竹内弘高/梅本勝博訳
あの人ならできる、で止まってしまう組織には、知識を共有する難しさがあります。本書は、個人の暗黙知と組織の形式知の関係から、企業のイノベーションを考える一冊です。知識創造の理論だけでなく、実例、マネジメントの過程、組織構造へと進む目次になっており、能力を個人の才能だけで捉えない点が、この記事とつながります。熟練者に説明を求めてマニュアルを増やせば十分なのか。それとも、一緒に試しながら共有する場が必要なのか。そんな問いを経営の問題として考えたい人に向いています。何もかも文章に変換できると受け取るより、知識が個人と組織のあいだでどう動くかを読む。後輩育成や属人化を考えるときにも接点を見つけやすい本です。
4.『身体は考える – 創造性を育む松聲館スタイル』甲野善紀・方条遼雨
頭の中で考えるだけでは見えてこないことを、自分の身体を通して探る。そんな実践側の視点を加えるために選んだ本です。武術研究を背景に、自分で動き、自分で考えることを核にした稽古と探求が扱われます。紹介と目次からは、身体の使い方だけでなく、固定観念、思考、組織などへ議論を広げる構成が確認できます。この記事の、条件を変えて試すことで能力の範囲を見つける、という問いと接点があります。ただし、実践者の探求や思想を、認知科学の実験で確認された一般法則と同じ扱いにはしない。その距離を保って読むのがよさそうです。哲学や経営の言葉からいったん離れ、実際に動くことが発見につながるとはどういうことかを考えたい人へ。
5.『ファスト&スロー 上 – あなたの意思はどのように決まるか?』ダニエル・カーネマン/村井章子訳
言葉にならない判断を評価するとき、忘れたくないのが、直感は外れることもある、という反対側の視点です。本書は、速い思考と遅い思考を手がかりに、人間の意思決定や判断の錯覚を考える本。目次には、注意と努力、ヒューリスティクスとバイアス、自信過剰、直感とアルゴリズムなどが並びます。この記事で提案した、熟練者らしく見えることと、条件が変わっても対応できることを分ける視点を補います。長年の経験があるから正しい、本人が確信しているから信頼できる、と即断しないための一冊です。他の四冊が知や実践の広がりを考えるのに対し、この本は判断の危うさに目を向けさせる役割を担います。投資や仕事で自分の確信を点検したい読者にも接点があります。
知性そのものを考えたいなら『暗黙知の次元』。仕事の判断を掘りたいなら『省察的実践とは何か』、組織へ広げたいなら『知識創造企業』から。実際に動くことを入口にするなら『身体は考える』が候補です。直感を信じすぎていないかも点検したい人は、『ファスト&スロー』を組み合わせると、問いが一方向に偏りにくくなります。
それでは、またっ!!
引用論文・参考文献
- Wilson, M. (2002). Six views of embodied cognition. Psychonomic Bulletin & Review, 9, 625–636. 本文では公開Abstractの分類を参照。
- Defrasne Ait-Said, E., Maquestiaux, F., & Didierjean, A. (2014). Verbal Overshadowing of Memories for Fencing Movements Is Mediated by Expertise. PLOS ONE. 成人92人の映像再認課題を扱った研究。
- Mahon, B. Z. (2015). What is embodied about cognition?. Language, Cognition and Neuroscience, 30(4), 420–429. 身体化認知に対する批判的論考。
- Brohan, A., et al. (2023). RT-2: Vision-Language-Action Models Transfer Web Knowledge to Robotic Control. 研究プロジェクトの概要と実験例を参照。
- Kim, M. J., et al. (2024). OpenVLA: An Open-Source Vision-Language-Action Model. 研究プロジェクトの概要と評価上の限界を参照。
- マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』高橋勇夫訳。筑摩書房の内容紹介・目次を参照。
- 野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業(新装版)』梅本勝博訳。東洋経済新報社の紹介・目次を参照。
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